眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年10月30日(金)

「鬼門またがりてAと為す 綽綽なる面をしてBと為す
定期的に橋は架かった 幸と不幸を併せ持った」

 

 

朝9時頃に起きる。まだ今起きていることの実感が湧かないし、それはきっと一ヶ月後もそうなのだろう。身近な人の死に直面する機会があまりにも少ないので、その時が来た時にどのようにしていればいいのかが分からない。そんなこと、多分一生分からないものなんだろう。死んだことをすぐに受け止めて前へと動き出すほど割り切れないし、かといっていつまでも死の悲しみを引きずっていることも出来ない、どこかで自分の中で答えを出して、それがもし間違っているのだとしてもそれを信じ続けることしか出来ないと思っている。

 

bigpopmonster.hatenadiary.jp

 

今日もあっという間に時間が流れていった。他の人がいろいろとしてくれたので、私は敷いてくれたレールを歩くだけでよかった。でもただ歩いているだけだとどうしても考える余裕があって、考えることはどうしても明るいことばかりではなかった。周りでは話では聞いていたけれど姿は初めて見る人がべらべらと話していて、なんだかドラマの世界みたいだなと思った。どこの誰だか知らない人、わざわざ来てくれたことは感謝するべきなんだろうけれど、あれだけ邪険にしてきたのに今更になってのこのことやってくるその神経は、と考えたくなるほどに私は疲れていた。沢山の知らない人がいて、その人たちがいる場所で食べるご飯はどうしても息が詰まった。おじいちゃんがいなくなって苦しいのに、それに付随して知らない人のことも気にかけなければならない、葬儀とはなんともまあ気苦労の多い行事であることだ、と今更ながらに痛感する。でも私はただ敷かれているレールを歩いているだけなのでまだまひなのだろう、葬儀会社の人と打ち合わせして、スムーズに事が運ぶように打ち合わせしている人なんか私の疲れの比じゃないくらいに疲れているはずだ。気まずい食事が終わって、その後も相変わらずあっという間に過ぎ去っていって、気づいたらいとこが運転する車に乗っていた。「おじいちゃんがいなくなったことで、ひとつ、時代が終わったようだな」と零したいとこの言葉が今でも忘れられない。車内では米津玄師の「STRAY SHEEP」が流れていた、それも忘れることはないだろう。あれよあれよという間に時間が流れていき、一連の行事は終わりを迎えた。今日という日があと少しで終わる、これ以上疲労することはないのだ、と思うとホッとすると同時に、今まで気を張っていたんだな、と思うくらいに眠気と疲労が一気に押し寄せてきた。おばあちゃん家にいって、諸々の整理をして、21時前にはおばあちゃん家を後にした。我が家に帰ってきて、今まで張り詰めていたものがするすると解されていくように、私は急に布団に寝そべりたくなった。しばしのあいだ布団に寝そべっていて、心の中で膨らんでいくあらゆる感情を一人で抱えきれなくなって、居間に行って家族とこの3日間のことを話す。暫く話していると心がようやく安心を得たように、これで今日はぐっすり眠れるだろうか、といった具合に心が落ち着いてきた。それでも家族の間での話は尽きることはなく、途中で話すことが億劫になってただただ家族の話を聞いているだけになった。

 

 

この日のことをこれから、何度も何度も思い出すことに違いない。「もう少しこうしていれば...」と思うこともあるだろう。でも今日したことは私が出来る最大限のことで、これ以上のことをしようとしていたらピンと張った糸がぶちっとちぎれてしまっていたに違いない。これでよかった、私は何も間違っていなかった、と自分を慰めてあげるのも大切なことだろうよ。明日は疲労の回復で一日を費やすことになるだろう。それは明後日までのびることになるかもしれない。とにかくあっという間の、でも濃すぎる3日間が終わりを迎える。もう何も出来ない、ただ布団の上でぐでっとしているくらいしか、私の体力は残されていなかった。