眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年10月29日(木)

「世界は七色になる!」

 

朝9時に起きる。昨日は夜遅くに寝てしまったので、眠たい。でも布団に戻って眠ることも出来ない中途半端な状態。リビングに行くと家族がいる。そんな当たり前のことがたまらなく嬉しい。地元に帰ると家族がいて、一緒に時間を過ごせるということは普段はあまり意識していないけれど、とても有難いことなんだと気付かされる瞬間。テーブルに無造作に置いてあるサラダがたまらなく愛おしい。それを食べながらテレビを見て、何気ない話をしていると永久にこんな穏やかな時間が続いてくれれば良いのにな。時間よ止まっておくれよ。お昼ご飯に赤から鍋を食べて満足して、そのままの気持ちで13時前に家を出る。車で移動して、30分ほどで会場に着く。そこでの時間は普段とは違う流れ方で、非日常だからこそのそれだった。普段は粒で流れていくものが、固まり固まりで過ぎ去っていくような、今が今として感じられないような、過去がすぐ消え去っていくような不思議な時間の流れ方だった。あっという間に時間が流れていく、そのなかで起きている一つ一つは将来になって思い出すのだろう、とどこか冷静な頭は考えていた。流れるように時間が過ぎていく、その中で私はふっと悲しくなるような、虚しくなるような、そんな時間、それは人生においては経験する必要のあるもので、でもそれは経験しているときは心に負荷がかかるのでその時に集中することは出来ない、非日常が固まりで流れていくのを黙って見ていた。私は口数の少ない人間であることを再認識した。大事な時間はすぐに過ぎていき、気づいたら今日の段取りは全て終わって、目の前にある大きなお風呂に浸かるのが今の私のすることであった。ジャグジーの出る大きなお風呂に浸かっていると極楽気分で、自分の家でもちゃんとお風呂に浸かろうと小さく決心する。私は自分の家を邪険に扱い過ぎていて、その環境が私に与える影響は大きいくせにそれを蔑ろにし過ぎていた。丁寧に人生を生きようと思えた。家族だけになって、さらさらと時間が流れていく、その時間がとても安心感のあるもので、でもこの時間は非日常のなかに存在しているもので、いつまでも続くものではない、私はいずれ日常に帰っていかなければならない。でも今日と明日くらいは、この不思議な時間の中に漂っていてもいいじゃないか?