眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年10月23日(金)

「I must doubt “Pop music” 楽しそうなら全部勝手にしてよ
You may doubt “Rock festival” そこを穿つ隙間を探したい
見つけたい たまらない!」

 

朝が来て、そこまで苦に感じることなく起きることが出来た。昨日の遅刻の件があるので、一度起きたらそのまま下に降りて、日々の営みを始めた。早い時間から動き始めているので余白の時間が十分にあり、ネットで情報収集を行ってもまだ時間があって余裕を感じた。一日の始まりはこれくらいに余裕をもって過ごしたいものだよな、と思いながら家を出た。会社に着いたのはいつもと同じような時間だったが、既に心は余裕に満ち溢れていた。始業時間になって、ちょっと面倒なことに巻き込まれた。微妙な違い、それは目を凝らさないと気付かないような些細なものだったのだが彼はそれに気付いて、それの整合性をきちんと確認するように指示してきた。「それくらいの差異は許容範囲なのでは」と思うけれど、それくらいで足元を掬われることがあるかもしれないので、経理として働いていくにはそれくらい慎重になってもいいのだろうな、と自分に戒めた。それ以外にもちょこちょこと厄介な出来事があり、整理できていない書類はあったけれどそれを片付ける気分にはなれなかった。朝の余裕だった心はすっかり萎んでしまっていた。なんだかちょっと気分が沈んできて、一人で目の前のパソコンに向き合っているのがなんだか馬鹿馬鹿しく思えた。これは甘えだってことには気が付いている。雨のせいでこんなにも悲観的になってしまうのだろうか。環境には恵まれている(はず)のに、どうしてこんなにも人生が虚しく思えてくるのだろうか。もっと自分を出した方がいいのかしら。でも根っこのぶぶんの性格の悪さを出してしまうとそれが際限なく出てきてしまって自分で止めることが出来なくなってしまうような気がしているから、今まであまり自分を出さないでやってきたんじゃないのか、と思う。どうすればいいのか分からない。でもそんなときにふとa flood of circleのフロントマンの佐々木亮介がライブのMCで言っていた「どうせなら生きるなら、自由に楽しくやったほうがいいじゃないか」という言葉が思い浮かんで、せっかく生きることを選んでいるのだから妥協しないで、出来る限りはしたいこと楽しいことを進んでしなければ損だよな、と思う。今日は一日中すぐれない天気なので、昼休みに入って電気が消されると室内は闇に包まれた。今日は久しぶりにカップ麺(そば)とおにぎり(梅)という貧乏飯を食べていた、今週は一度しか外食していないのだけれど、今月の本に対する出費や音楽に対する出費が多くなってしまったので、ここで節約しないといけないのです。もそもそとおいしくもない昼飯を食べ終えて、今日も相変わらずa flood of circleの「2020」を聴いていた。昼休みの時間が妙に長く感じられた。途中で眠気に襲われたので、30分ほど仮眠を取っていた。この仮眠はけっこう深いところまでいってしまうのだけれど、鼾をかいていやしないかと冷や冷やしている。自分では鼾をしているということが感知できないので、本当のところはどっちなのかは分からない。結構眠れたので、午後からの部は眠たさを引きずることなく業務に取り組めることが出来た。業務と大層な言葉を使ってしまったがそんな仰々しいことはしていなくて、黙々と雑務と呼ばれるようなことをしているだけだった。誰も伝票を見ないので私が見なければいけなかった。伝票に見飽きて、別に今日しなくてもいいようなことをさっさと片付けておいた。そうしたらすることがなくなってしまって、ああ、私にはもう書類整理しか残されていないのか、こんなことをするために大学に行ったんじゃないんだけれどな、と寂しくなった。この寂しさを癒せるのは最終的には私だけだし、「寂しい寂しい」と言っていると余計に寂しくなってくるので、今日はこれくらいにしておく。定時になった。だから今日もさっさと帰った。

 

 

家に帰ったら待ちに待ったKindle Oasisが届いていた。さっそく弄ってみると何年か前に購入したKindle Paperwhiteよりも使い勝手が良さそうで、最近は読書から離れていたけれどこれで読書週間を取り戻せそうな気がした。

 

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家に帰る前にスーパーで買ってきたサラダとお惣菜を食べたらそれでちょっと満足してしまったので、急いで夕飯を食べることなくバラエティ番組を観ていた。金曜日の夜にだらだらと観るバラエティ番組は至高で、こんな幸せな時間を過ごせるのなら多少退屈でも仕事をしていたほうがいいな、この感覚は仕事をしていて平日に負荷がかかっていないと味わえないものだから、と安直なことを考えていた。番組を一本観終えてさすがにお腹が空いたので、たらこマヨパスタを食べる。最近は普通のたらこに飽きてしまっていて、パンチの利いたものでないと食が進まない、でもこんなものばかりを食べていたら痩せることはできないんだよな、と思いながらもぐもぐしていた。一段落着いて、本当は勉強をしたかったのだけれど、学生時代のテスト勉強をしなければいけないけれどなかなか手につかなくて、普段はしない部屋の掃除を徐に始めてしまうあれみたいな感覚で、安易に映画を観始めてしまった。前々から気になっていたけれどなかなか観れていなかった韓国映画「幼い依頼人」(2019)を観た。安易に観始めるような映画ではなかった。親から子への虐待という重たいテーマを扱っている映画で、つい最近も韓国映画で同じテーマを扱った映画を観て、韓国では虐待が社会問題になっているのだろうか、と思った。重たいテーマを扱っているけれど、イ・ドンフィ演じるジョンヨプのどこか憎めない演技のお陰で、そこまで暗い気分にならずに観ることが出来た。といっても、ズイショズイショで継母が子供を虐待するシーンが挟まれていて、そのぶぶんを観ているのは辛かった。「親権があるから、部外者が容易に口を出せない」というのが本当に腹立たしくて、親の資格のないものに親権を剥がしてしまえばいいのに、でもそのへんのところはなかなか難しい問題なのだろう。こういった映画では最後はハッピー寄りのエンディングじゃないと観てて辛いけれど、実際はハッピーエンディングばかりでもないから、その世界を想像して苦しくなってきてしまった。話自体は目新しいところはなかったけれど、集中して2時間観ることが出来ました。今度は明るい映画を観よう。

 

 

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「幼い依頼人(2019)」(☆☆☆)