眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

日常に戻っていく

2020年11月3日(火)22時51分、The Cheseraseraの音楽を聴きながら今日が終わってしまうことを寂しく思っている。今まで日常であった実家で過ごす時間が今では非日常になっていて、東京での時間が今では日常になっている、その倒錯がまだ受け入れられていない状況。7日間名古屋で過ごしていて、その殆どが睡眠に費やされた、それが私らしい時間の過ごし方だった。秋から冬へと変わるこの時期は自律神経に変調を来しやすい、それが今年も変わらないことにホッとするとともに、もうちょっと自分の弱い心と上手く付き合う方法はないだろうかと頭を巡らしてみる。医者から薦められた薬を服用し続ける毎日、それが自分の体にどのような影響を与えているのか詳しくは知らない。私は高校生の時、人と接するのが、具体的には同級生と接するのが非常に緊張を要するもので、彼らと気軽にコミュニケーションを取るにはどうしたらいいのか分からなくて、最終的には病院へ行き、薬に頼った。その薬が本当に私を支えてくれたのか知らないけれど、そのあとはちょっとは緊張しつつも同級生と話を出来るようになり、友達ではないけれど少しは話せる間柄の同級生が出来た。あの日々は私の今までの人生の中でなかなかハードな時期で、今の会社での営業時代に上司からパワハラを受けていた頃とどっこいどっこいの苦しみがあった。試験に合格しなければいけない、という圧迫感が常に纏わりついていて、日々の勉強は上手くやっていたのに、一発勝負の試験で失敗してしまって、今ここに居る。もしあの時、一問多く問題が解けていたら第一志望の大学に入学出来ていたのだ、そこからの人生は今と異なっていただろう。でも試験で失敗してしまったことをそこまで悔いていないのは、今の生活にそこまで不満を抱いていないからだ。苦しみを抱きながら日々を送っていたならば、「あのとき試験に合格していたら......」ということを何度も考えることだろうけれど、私は今の生活にそこそこ満足しているし、第一志望ではなかった大学で楽しい生活を送れたので、あの時の失敗は必然だったのかな、と思う余裕すらある。今働いている会社に不満はあるけれど徹底的に嫌っているわけではないし、東京で気楽に暮らしているのも今の会社で、負荷をそこまでかけられることなく働いているからである。

 

 

なんでこんな話になってしまったのか。今私が考えているのは本来は日常であったはずの仕事が今は一時的に非日常になっていて、でも現在の仕事は大したことをしていないのでそこまで苦労することなく日常に戻るだろうし、早く日常に仕事を組み入れて一安心したいということである。明日の最初は2日間、会社を休んだことを皆に詫びなければいけないことで、それが終わり諸々の手続きが済んだら外に出て気楽に過ごすことだろう。そう思えば明日会社に行くことはそこまで苦になるものではないし、今現在、緊張していることもない。ただ一つだけ、すっと眠れるだろうかという不安だけはある。今日も昼まで寝ていたし、体を動かしていないので、現在全く眠たくない、この状態ならオールも出来るのではないかという余裕すらある。どうせ小難しい本を読んだら10分ほどで眠気が訪れるだろう、という予想が的中してほしいけれど。実家に帰る際、簿記のテキストを持っていったけれど一度も開くことはなかった。テレビを観ているか、家族と話しているか、ネットを見ているか、寝ているか、ご飯を食べているかで時間はあっという間に過ぎていった。正直、11月の試験に合格するのは厳しいだろうな、と思っている。勉強を始めたのが遅かったし、というのは言い訳に過ぎない、と自分を追い詰めると苦しくなってしまうので、「もし11月の試験がダメだったとしても、来年の2月にも試験があるんだから、そこまで緊張することはないよ」という優しい言葉を自分で自分にかけてあげたほうがいい、私以外に自分に優しい言葉をかけてくれる人はいないのだから。

 

 

なんでこんな話になってしまったのだろう。もともとどんな話をしたかったのだろうか。私の心はこの数日不安定で、だから一刻も早く安定を求めている。それはとても自然なことなんだろうけれど、不安定なときだからこそ気づけることもたくさんあるだろうし、そういう時間を丁寧に生きてこそ人間の深みみたいなところが......と書いていて、一体自分は何を書いているのだろうか、こんなことを書いていないで明日、寝坊をしないようにさっさと寝る準備をしてしまったほうがいいのではないか、と思ってはいるけれど、今私を安心させるのは他愛もない文章を書いていることなので、無秩序に動いているこの指を止めるのにはちょっとした勇気が要る。私は明日から日常に戻っていくけれど、非日常だったこの数日を一生忘れないでいよう、こういう時に周りの人がどのように動いていたのかを覚えておこう、と思っている。心が弱っているときにこそその人の本物が現れるので、どんな振る舞いをしていたのかをきちんと心にとどめておく。結局何が書きたかったのか、よく分からないということで今回は締めさせて頂きます。