眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

さよならなんて言わない

こういう時だからこそ、普段はあまり思い出さないようなことを思い出している。私の言葉数が今に比べてもっと少ない小学生の頃だろうか、おじいちゃん家に泊まりにいくということはとてもワクワクするイベントで、親にそのことを話すと親は嬉しそうにおじいちゃんに電話をしていたような気がする。夏休みだっただろう、小学生の時の無駄に長い夏休みを使って、一人でおじいちゃん家に泊まりに行った。暖かく迎えてくれたおじいちゃんとおばあちゃん、普段は親と兄弟と一緒にいる空間に彼らはいなくて、私とおじいちゃんとおばあちゃんだけがいるというのがとても新鮮で、なんだかとても嬉しかった。口数が多くておじいちゃんおばあちゃんと上手にコミュニケーションを取れている兄と姉はいない、私は自分の考えていることをうまく言葉で表現出来ないのだけれど、時間はたっぷりとあって、二人に囲まれているので時間をかけて二人とお話をした。と言っても私からお話をするのは緊張して出来なくて、おじいちゃんとおばあちゃんが私に話を振ってくれた。それに対して必死になって言葉を絞り出す、上手く返事ができなかったのだけれどそれを優しく受け止めてくれるおじいちゃんとおばあちゃん。まるでおじいちゃんとおばあちゃんを一人占めしているようで、優越感に浸っていた。ご飯の時間、私の好きなもの、例えば唐揚げだとかを用意してくれていて、二人は普段はそのような脂っぽいものを食べないのだけれど、私が来ているから作ってくれている。その時はそれに対して「嬉しい」という感情があって、今になってそれを思い返すと、なんだろう、嬉しい気持ちともに二人の孫であること、二人と血が繋がっているのだということ、そして二人の優しさに胸がじんと来る。おじいちゃんは夜早くに寝る人だったので早い時間帯でお別れして、その後に私は一人でお風呂に入った。いつも使っている自分の家のお風呂にはないシャワーがあって、楽しみながら体を洗っていた。おもちゃがお風呂のそばに置いてあって、それをお湯の中に入れるとすぐに浮かび上がってくるのが面白かった。その頃の私はまだまだ子供で、親からは22時には寝るようにと言われていたが、その時の夜は24時を過ぎていた。おばあちゃんは夜遅くまで起きている人で、私が夜遅くまで起きていてもそれに対して怒ることはなかった。一緒になってテレビを見る、普段は見ないような刺激の強いそれらを見てて、なんだかちょっぴり大人になれたような気がした。時間も時間になり、おばあちゃんは2階に上がってしまい、私は一人、仏壇のある部屋に布団を敷いて寝ることになる。非日常の最中にいるので興奮してなかなか寝れない。仏壇があるし、日本人形が置いてあって、(ちょっと怖いな)と思いながら次第に眠くなっていって、気づいたら寝ていて朝になっていた。

 

 

8時くらいに起きて、夏休みのときの私にとっては早く起きたつもりだったけれど、二人は既に起きていて食卓に着いていた。ご飯にお味噌汁、サラダと昨日の残りの唐揚げが今日の朝食で、お腹が空いていた私は夢中になって食べていた。今日も二人を一人占め出来るのだと思うとなんだか王様になったような気分で、いつまでもおじいちゃん家に泊まりたいなと思っていた。今日は動物園に行く予定があった。おばあちゃんがお弁当を用意してくれて、お昼前に家を出て動物園へ向かった。その動物園は県内では一番大きな動物園で、たくさんの動物が待ち構えていた。久しぶりの動物園に夢中になって走ってしまって、二人を置いてけぼりにしてしまったことに対して、「とても悪いことをしてしまった」と思い、しょんぼりして二人の元へ戻った。手を繋ぐのが恥ずかしくて結局は手を繋げなかったのが唯一の心残りである。たくさんの動物を見て、たくさん歩いたので休憩所みたいなところでおばあちゃんが作ってくれたお弁当を食べる。こんな天気のいい日に、二人と一緒に大好きな動物園に来れたことがとても嬉しくて、その嬉しさが表出してしまうのが恥ずかしくて急いでお弁当を食べて喉に詰まらせてしまった。それくらいに今、私は楽しい時間の中にいた。そのあとにこれ以上歩くのは疲れるということで、動物園の中にある大きなタワーに上った。タワーの上の方から眺める景色は絶景、先ほどまでいた場所がとても小さく見えて、大きかった動物があんなにも小さくなってしまうなんて、と私は興奮していた。もしかしたらおじいちゃん家が見えるかも、と思ってお金を入れてもらった望遠鏡で眺めてみると、家は見えなかったけれど家の近くにあるビルが見えて、世界はそんなに広くないのだと思った。起きてからほぼほぼ興奮していた私はすっかり疲れてしまっていて、だからまだ早い時間だったのだけれど動物園を後にした。そこからおじいちゃん家に戻ったのか、そのまま自分の家まで二人が送り届けてくれたのかは忘れてしまった。もう20年近くも前の話である。そんな昔の思い出なのに今でも鮮明に思い出せるし、二人と一緒にたくさんの時間を過ごせたことが今となっては私の財産となっている。普段は思い出さないのだけれど、思い出そうと頑張ってみるとこういった思い出がたくさん思い出されて、例えばおじいちゃん家の近所の駄菓子屋に行って駄菓子を買ってもらったこと、本屋さんに行ってちょっと背伸びした本を買ってもらったこと。そんな宝物のような思い出がたくさんあるから私は過去を振り返るたびに温かい気持ちになるし、過去に戻ってもう一度人生を体験したいと思える。でも過去に戻ることは出来ない。現実は受け止めるしかない。思い出を懐に入れて、今の自分の人生を生きていくこと、そんな僕をおじいちゃんは暖かく見守ってくれているはずだ。