眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年9月17日(木)

「銃声が響いた街頭 後悔は至って少々
ぬるま湯浸かって風邪っぴきですとか 笑えないので」

 

寝落ちから目覚めた午前3時、猛烈な眠気に耐えながら歯磨きをこなし、必死の思いでロフトに上がって布団に潜り込む。一瞬で朝が来て、でも寝落ちしたせいで睡眠の質が下がってしまい、ぎりぎりまでだらだら寝る。ぎりぎりの時間で勢いよく起き上がって、諸々の準備をして家を出る。会社は今日も平和である。昨日は必死になって書類の整理をしてしまったが、今日は書類整理をする気分にはなれないので一切しなかった。このように一日のスケジュールを自分で組み立てられるのも私に任されている仕事が少ないお陰で、こんな状態が続いたら成長は見込めないから、もう少し仕事を振ってもらえると助かるのだけれど。でも仕事を引き継ぐ際はきちんと引き継いでほしい、中途半端な引継ぎで分からなかったところを聞くともごもごするのは勘弁してくれ、自分が十分に理解していないものを他人に押し付けるな。そういうわけで平和な時間が終始流れていて、そのなかで出来る最小限のことをちまちまと進めていた。ちまちまと進めるのはせっかちな私の性分には合わないのだけど、上が上なので下手にせっついてももごもごすることに終始してしまって、もごもごさんの自分の仕事すらまともに進めずずっともごもごしているのはよくないから、そのようなことは控えるようにしている。もしかしたらもごもごさんはもごもごしているのが好きなのかもしれないので、彼がもごもごしないように配慮するのは彼にとってはあまり嬉しくないことなのかもしれない。もごもごするのが好きならば「もごもごしたいです」と周りに分かるように表明してほしい。そうすればこちらも彼がもごもごできるように最大限の配慮が出来るだろうし、彼も存分にもごもごできるだろう。......一体何を書いているのだろう。

 


海鮮丼を食べた昼、平日の外食はここの海鮮丼で固定されてしまった。それほどまでにこの海鮮丼は食べていて幸せを感じる。ネタが毎日変わるので、飽きが来ないのも素晴らしい。そしてそんな素晴らしい海鮮丼を提供しているくらいなので、店員も感じが良くて、だからリピートしている。今まで食べていた半生の唐揚げ、固いハンバーグ、油でぎとぎとの中華料理は一体なんだったんだろうか。無駄にお金を費やしてしまったことを悔やむとともに、これからは隙あるごとに海鮮丼を食らってやるつもりです。また、運のいいことに会社からお店が近いので、満席になる前に入店できるのもいい。新型コロナ対策で隣との間隔をきちんと空けているのも、入店の際にアルコール消毒を促してくれるのもいい。全部いい。これからも営業し続けてください、微力ながら応援していきます。

 


午後、圧倒的暇で帰ってしまっても仕事に支障は来さないだろう、でもここにいることでお金がもらえるのなら空想でもして時間を潰すことにします。ぬる過ぎる時間が積み重なっていくと、「転職......」という言葉が頭を過る。今までとは違った観点での転職。今までは「今の仕事がいろいろときつすぎて、逃げ出したい」というものだったが、今は「ひますぎてつらい、成長できるような会社に行きたい」といったものだ。贅沢な悩みである。成長できる仕事なんてこの世界の一握りしか存在しないし、考え方によってはどんな仕事でも成長できる。漠然と成長したい、という悩みは今の仕事をなあなあにしている証拠で、私がすべきことは転職に全精力を傾けることではなくて、今の職場で出来ることを必死こいて探すこと。それを実現するためにはたくさんの恥をかいてたくさんの経験をしていくしかない、恥をかくことを極端に忌避しているからいつまでも中途半端な状況だし、それに対して中途半端に悩んでいるんだろう。この職場で出来ることを精一杯考えて行動に移せよ。

 


「THE KEBABSは忙しい」が頭のなかで何度も繰り返し流れていて頭がおかしくなるかと思った、ちょっとくらいはおかしいんだろう。「THE KEBABS」があまりにも中毒性の高いアルバムで、一昨日に届いてからずっと聴いている。Apple Musicに加入しているから音楽を幅広く聴く方が有益なのに、「THE KEBABS」ばかり何度も何度も聴いてる。何も考えることなく、真っすぐなメロディーと単純な歌詞に胸躍らせているだけで無性に嬉しくなっている。本当だったら今年の3月に浜松で彼らのライブを観るはずだった、その予定を新型コロナにぶちこわしてしまった。次はいつライブをしてくれるのかは分からないけれど、もしやってくれるのであればどんなところでもどんなときでも駆け付ける予定です。

 


一人ぼっちの職場、周りに人間はいてそれぞれが自分の仕事に精一杯をぶつけている。暇だとくだらないことを考える余地が生まれてしまって、一人でいること、仕事が暇すぎること、それらが鮮明に頭に焼き付けられて、心の中で唸っている。もう嫌だこんな状況は継続されたくない、と思っても明日も同じような暇な一日が訪れる。前にも同じような状況で苦しめられていて、今日は格別に暇だったからくだらないことを改めて考えさせられた。あーあ、こんなものでいいのか自分の人生は。もっと興奮するような、胸を掻きむしるほどの情熱が駆り立てられるような時間のなかで生きたいと思っているんじゃないか。でも、実際にそのような日常に放りこまれてしまったら、「暇なのが一番幸せだったな」と愚痴を零してしまうだろう、だから本当は今が一番幸せなんです。悩みの根本的な原因は仕事じゃなくて私生活の方、東京には話し相手がいないということをどうにかしていった方が早いんだろうけれど、こんなときじゃ新しく人と知り合うのは怖い、怖いというのは素性が知れない人と面と向き合って話すにはリスキーな現状が横たわっているからである。今はぐっと堪える時期なのだろう、本でも読んで、勉強でもして暫しの現実逃避に浸ろう。

 


定時になった、さあ帰ろう。やることは会社に来る前からなかったんだし、さあさあ未練を残すことなくさっさと帰ろう。電車に乗って、家へと帰る。その道中もずっと「THE KEBABS」を聴いていた。何度聴いても飽きることがない、寧ろ聴くごとにどんどん夢中になっていくこれはちょっとした麻薬です。