眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年9月16日(水)

「突き刺さる君の温もりが 嘘つかず僕の心臓を打つ
君がいない世界ではきっと 明日も明後日も泣いているよ」

 

ほぼ一日中、書類整理をしていた。そんなことがまかり通るほどに今日は暇であったし、そんなことをしていても誰も咎めないということは、そういうことなのである。今まで見ない振りを通してきたけれど、さすがに溜めたまま9月を終えてしまうのはまずんじゃないかなと思い、私一人だけでこつこつと作業をこなしていた。誰も手伝ってはくれない、前任者である人は見て見ない振りを通している、そういうことなので私一人でしなければいけなかった。ずっと書類整理をしていたので、上司から「大丈夫?(あの人に手伝わせるように言おうか)」と声を掛けて頂いたが、あの人はあの人が今抱えている業務でいっぱいいっぱいであるので(今日も些細な火種に火がついて、ちょっとめんどそうなことが起きていた)、私一人でやった方がいいのだ。......ということを来年のこの時期もやっていたら完全に終わっているな。その頃には後輩が入っているだろうけれど、私が関与している部門に配属されるのは極めて確率が低いので、多分来年もえんえんと書類整理を行っていそう。いろいろと終わってんな。

 


少年が荒ぶっていたコピーロボットの首根っこを掴みかからんほどに荒ぶっていて、一触触発の状態だった。コピーロボットはとばっちりであるのに、少年の暴言を聞き入れて、改善に努めようとしていた。少年という登場人物は今日初めて出てきたように書いてしまったが、このブログに何度も登場している。その登場の仕方はあまり喜ばしくないもので、耳がおかしくなってしまったのも少年のきつい性格が起因していた、あの時は急いで病院へ行って診てもらって、特に異常はないと診断されてほっとした。音の聞こえ方に違和感を感じた人は、仕事とか家事とか、そんなものはとにかく放っておいてすぐに病院へ行ってほしい。耳がおかしくなってしまった場合、どれだけ早期に治療をしたかで今後の病状が変わってくる。少しでも聞こえ方に違和感を感じたらすぐに診察してもらってください。今日の記事はそれだけでも伝えたいです。しかしながらそれだけだと読み足りないと思うので、少年についてもう少し補足しておく。一見仕事が出来る、優しそうな人という印象はあるが、自分にとって不利な状況になったときに相手を食い殺さんといった調子で荒ぶる。その荒ぶり方は初見だとメンタルに来る、それくらいに少年のそのときの状態を見ていると胸が苦しくなる。敵ではない、寧ろ共存していく間柄のはずなのに、そこまでして自分の領分を守ろうとしているのは、他に守るものがないことの証左だろう。これ以上だらだら書いても面白みが一切ないので、この辺にしておきます。

 


今日も天気がよろしくなかったのですが、体の具合がそこそこ良かったのは、昨日の夜に適度な運動をしたからでしょうか。そこまで負荷のかかった運動をしたつもりはなかったのですが、脚に筋肉痛を覚え、それがちょっと嬉しく思えた。ずっと書類整理をしていたのでそこまでお腹が空くことはなく、スーパーで買ったパンで昼飯を済ました。残りの休み時間は工業簿記の勉強に充てる、今週中には過去問を解ける程度に理解はしておきたい。午後もずっと書類整理をしていて、だから時間の進み方がいまいちよく分からなかった。今が一日の内のどこに属しているのかが瞬時に判断することが出来ず、そういう感覚に陥っているときは決まって時間の流れる速度が速い、こんな退屈な仕事ならさっさと過ぎ去ってしまえと願う。16時ごろに限界を感じ、宿題を明日に追いやって、そのあとは過去の資料をえんえんと見る作業をしていたら定時が訪れたので、さっさと会社をあとにした。

 

 

毎日、定時で帰れる喜びを忘れる勿れ。以前、隣の部署に居た時は残業を見込んだ勤務体系で、決算時期なんてひーひーと息絶え絶えな状態であったことを忘れるな。今はとても恵まれた状況で、それがいつまでも続けばいいと願う、それはそのような状況がいつかは終わってしまうことの裏返しなのだけれど、忘れてはいけません。ということで、電車に乗って、時間があったので新宿に寄ってみた。東口にある紀伊国屋書店に気付いたら吸い込まれていて、気付いたらサイン本を3冊購入していた。うち2冊は以前から気になっていたハヤカワ文庫で、サイン本なら購入してしまおうという気の緩みが生じてしまった。残りの1冊は貴志祐介さんの新刊である「我々は、みな孤独である」という本。ネットで見かけて気になっていて、いざ実物を目の前にしてみるとその分厚さと装丁に惚れて、一瞬で購入を決断。9月だけでどれだけ購入してしまうんだよ、という話であるが、それは今月だけに始まったことではない。今年は異常な数の本を購入している、それは新型コロナの影響でライブが中止になって、ストレスを発散させる場所が封じ込められてしまい、本を買うということが知らず知らずのうちにストレス発散の手段になっていたのだ。買っても(すぐには)読まないのだからそんなに焦って購入する必要はないとは理解しているんだけれど、サイン本を目の前にすると、「今ここで購入しなければ一生手に入らないかもしれない」という一種の強迫観念が私を突き動かす。もし結婚したらこんな生活は続けられないだろう、だからお金を好きなように使えるこのときに好きなようにするのが幸せなんじゃないかな、とか思っている。読まないんだったら慌てて買わなくてもいいじゃん、という正論はなかなか実行できないんだよな。

 

<購入した本>

宇野常寛「母性のディストピア I 接触篇」(サイン本)
宇野常寛「母性のディストピア II 発動篇」(サイン本)
貴志祐介「我々は、みな孤独である」(サイン本)

 

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ということを考えて、本のお陰でずっしり重くなった鞄を抱えながら、当初の目的であった皮膚科へ行く。2年前くらいにも同じ皮膚科へ行った、その時は皮膚が荒れているのが多少良くなった。今回も同じ箇所の皮膚の調子がおかしくなったから行った。2年前に行ったので診察券は財布の中に入っていなかった。前回来たときは休日だから人が大勢いたけれど、今日は平日の夕方だったので2,3人しかいなかった。すぐに呼ばれて、そこには長老みたいな先生がいた。前回のカルテを見て、「今回もおんなじかんじだな」と判断し、同じような処置を施されることになった。別室に移動して、3分ほど謎の光を照射された。そのあとに塗り薬をぬりぬりされて、診察は終了。会計で呼び出されるのもあっという間で、金額も前回と同じであった。飲み薬2種類(朝食後飲む薬と夕食後飲む薬)と塗布薬を渡された。

 

 

そのあとはさっさと家に帰った。今日も昨日と同じ、肉野菜炒めを作って、それを食べた。そのあとに親と電話をして、シルバーウィークも帰省できない旨を伝えた。今日の朝は実家に帰る気はあったのだが、とあることが昼に判明して、危険を冒してまで名古屋へ帰るのは憚られた。なので今年は12月に帰るのが最後になるだろう、そのときに新型コロナが猛威を奮っていたら帰れなくなってしまうかもしれないけれど。そのあとはちょっとだけバラエティ番組を見て、工業簿記の勉強をして、眠くなったので椅子に座ってうとうとしていた。案の定寝落ちしてしまいましたとさ。

 

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