眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年9月14日(月)

「ああ 今世界に一人だとしたら 溢れ出すリズムは君のもの」

 

朝起きた時に感じただるさは時間を追うごとに頭痛に変わっていき、昼頃には耐えがたい痛みに変わっていた。疲労が蓄積され過ぎたときに発露してしまう苦しみに悶えながら、早く家に帰りたい寝てしまうことで体力を回復したい気持ちだけが先走っていた。天候のせいもあるだろう、雨が降りそうで降らない中途半端な天気がずっと続いていて、こういった天気の方が土砂降りのときよりも体調を左右されてしまう。気候が安定した土地で住みたい、もといストレスを抱えないような生活を送りたいと思う。肩をごりごりと押して緩和を狙ってみても、一向に頭痛は治まらず、このままここで沈んでいくのではないかという不安がずっと付き纏ってしまい、こんな状況だからまともに仕事が出来る筈もなく、ただじっとしている、仕事がしているようなふりをしながら。玄人には「あいつは仕事をしているふりをしている」ということは見透かされているに違いない、それが世の定めである。「体調が芳しくないので、早退させていただきます」の一言が私を救うのに、ただその一言を発したばかりに、「あいつは新型コロナに罹っているのではないか」と周りに疑われ、PCR検査を受けるように会社から言われ、しかし中途半端な体調なので病院をたらいまわしにされる、そのときに「あの時体調不良を訴えなければよかった」という後悔が付き纏う、だから私は必死になって堪えている。この堪える必要のない時間、私の寿命は地味に削られてしまったことだろう。昼休みになり、外食する元気もないので近所のスーパーでパンを買って、それを急いで食べて、急いで頭痛薬を飲み込む。すぐには効果が出ないだろうから、机に突っ伏して、何も考えられぬ体、無意味に時間が過ぎていく。痛みは緩和したのだろうか、痛すぎて体のあらゆる感覚が麻痺してしまっているので今のこの状態先程より良いものなのかどうかが計り知れない、ああ早く家に帰って寝て体力を回復したい一心で時間をやり過ごしていく。面倒なことに巻き込まれそうになったら必死になってそれを阻止する、それは成長の面で考えたらしてはいけないことなんだろうけれど、でも今だけはその考えを前面に押し出させてくれないか。ちょっとの振動でさえ今の私には尋常ならざる痛みへと変貌する、その様は一種のホラー映画よりもよっぽど私の生存を脅かしてくる、怖い怖い。働いているのはお金を稼ぐただそれだけで、痛みを堪えているこの状態は本当に意味のあるものなのかという声が自分の内から聞こえてくる、意味はないだろうという即答、あらゆる物事に意味を見出そうとしてはいけない。究極的には生きていることに意味はないので、その節々のことに意味を無理くり見出そうとするのははっきり言って時間の無駄である。意味を見出そうとしているくらいなら、ちょっとは休息してみてはどうだろうかという提案がいつも却下されるのは不本意である。時間は平等に流れていく、それが唯一の救いであった。定刻の鐘が鳴り、急いで帰りの支度をしようにも足が縺れてしまってうまく動けない。立ち上がってもすぐによろめいてしまい、まともに立っていることすらままならなかった。こんなことになってしまうのなら、早退してさっさと休息を取っていれば良かったという後悔、足は前には進まず、無意味な絡繰りを演じている。お昼ご飯をいい加減なもので済ましてしまったので、お腹が空いて仕方がない。それでも縺れる足、無様な姿を遠くの方で眺めている人々。これは一種の狂言である、そう思うことで明日への希望が一瞬だけ覗いた。そうこうしていうちに体はちょっとだけ落ち着いて、その隙を狙ってなんとか階段を駆け下りた。一定の速度で階段を降りる人、奇妙なリズムで階段を降りる人、私はその人たちが邪魔で早く降りることが出来ない、その事実は完全なる現実で、決して妄想ではないと誰が教えてくれようか。駅、電車、駅、歩道と様変わりする景色に胸躍らせながら、ようやく家に着く。どたーーっっと床に倒れ、しばしの休息。この「なにもしていない」時間をどれほど欲していたことか。ぎゅっと体を丸めて、体が徐々に回復していくのを他人事のように感じている。ああ、もうずっとこの状態を保っていたい。しかしお腹は空いているので、急いで作ったペペロンチーノツナパスタをあっという間に平らげる。テレビなんて有害なものは一切観る気がしない。刺激はいらない。ただ、平穏な時間だけが私を救うのである。それでも、なにもしていないのはちょっと耐えられなくなって、タブレットで工業簿記の勉強を進める。進めていくうちに理解が徐々に増えていき、不安が少しずつ緩和されていくことが嬉しい。そして眠かった。体は圧倒的に休息を求めていた。今座っている椅子に深く座り、目を瞑ったら何度も何度もゆらぎを感じた。眠れる、という瞬間を察知してそこに全精力をかけると一瞬で寝た。何度も浅い眠りを繰り返す。20時、21時、22時30分と時間があっという間に流れて行く。23時を感知して、これ以上中途半端な眠りを繰り返していても仕方がないだろうという結論を下し、ロフトに上がり布団に包まる。圧倒的安心感のもとでするすると体の緊張が解けていく、そのスピードを全身で感じながら、私は一日の葛藤を無事終わらせる。明日はどうか、どうか頭痛という化け物に襲われませんように......。