眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年8月24日(月)

「嘘はもう沢山だ 誰もが涙するセレナーデは聞こえない
孤独を埋める様に吠える」

 

図書館に行く、今日は図書館に行くんだということを頭の片隅置いておくことにして、一日が始まった。今日もいつもと同じ時間帯に起きて、いつもと同じものを食べて、いつもと同じ番組を観て、いつもと同じ時間に家を出て、いつもと同じ電車に乗って、いつもと同じ会社に行って、いつもと同じ時間に仕事が始まった。いつもと同じ一日ならわざわざ文章を書かなくていい、〇月〇日と同じ、とか書けばいいんじゃないのか、でもそれだと後で読み返したときに味気ないというか、同じような時間を過ごしたような気がしていても、微妙なところで変化はあって、その変化みたいなところをうまい具合に描ければいいなあ、と思っていた。男陣は朝から力仕事の為外出しており、社内の温度がいつもより下がっているように感じられた、偏見だろうか。ただ彼らと絡む機会は殆どないので、特段私の心持ちに影響はなかった、ただ人がいなくて職場が広いな、と思っただけだった。朝一の仕事は金曜日のよく分からない仕事を見直す作業で、それはまだ始まったばかりのプロジェクトなので間違っていても間違っているのかどうか分からないし、間違っていてもどのように直せばいいのかを誰に訊けばいいのか分からない、分からないだらけの穴だらけのプロジェクトで、このプロジェクトで得られる恩恵とこのプロジェクトで増えるコストを比較すると、圧倒的に後者の方が大きくて、ではなぜそれをやるのか?というのは詳細に記述しないと分からず、詳細に記述するのはさすがに憚られるというか、そこまでして書いても別に誰も興味を持たないだろう、なのでこれからもぼやっとしか書かない。それをちまちまとやっていたら良い具合に時間が流れて行き、その調子に乗って急がず焦らずの気持ちで時間の波に乗っていたらお昼になった、月曜日だし良い天気だったので外食した。

 


昨日の夜から「明日は海鮮丼を食べるぞ」という気分で、それはお昼休みになっても変わらなかったので、海鮮丼のお店に行った。人が並んでいて、ちょうど店に入っていく客が私の以前の先輩だったので、ちょっと入るのが躊躇われたが、でも海鮮丼を食べたい気持ちのほうが強かったので気合で入った。当然の如く海鮮丼を頼んで、ものの3分ほどで運ばれてきた。3週間ぶりに食べるそれはちょっとどうにかしているくらいに美味しくて、美味しくて震えるところだった。ネタが新鮮なのが良いし、ネタのチョイスもいい。今日の海鮮丼はエビの代わりに帆立が入っていた、それがとても美味しかった。丼には卵の黄身ととろろが入っていて、それがより海鮮丼の美味しさを際立たせていた。食べている間ずっと幸せだった、そんな食体験はいつぶりだろうかとぼおっとしていて、食べ終わった後もしばらくは美味しさの余韻に浸っていた。こんなに美味しいなら毎日食べたいと思うけれど、たまに食べるくらいがちょうどいいのだろう。明日は社内でカップ麺か、でも雲吞麺を食べたい気分でもある。ただ、今月は既に予算以上のお金を使っているので、これ以上の出費は避けたかった。ただ仕事を頑張るために昼休みを充実させるのは大切なことというか、そういうことなのでお昼ご飯補助というものがうちの会社にあったらいいのに、と思った。食べ終わったらすぐに店を出た、以前の先輩と鉢合わせすることはなかった。会社に戻って、a flood of circleの音楽を聴いていた。去年出した「HEART」が良かった、「Beast Mode」も良かった、なので10月に出る「2020」は最高傑作になる予感がした。今日はだから音楽に夢中になっていたので、本は読まなかった。

 


午後も始まった、午前中に急ぎ足で業務を進めたので午後は比較的暇で時間を持て余した。こういう、なにもしなくてもべつにいい、ような時間は会計の勉強をしても許されるような、そういう緩さが必要であった。こんな穏やかな、誰も傷つかないような(と私には見えるけれど、知らないところで苦しんでいる人はいるんだろうな)世界で仕事をしているというのが未だにしっくりこないというか、私がこのような場所にいてもいいんだ、というのがこの上なく嬉しい、幸せ、ようやくたどり着けたといった感じである。研修が終わってからずっと、窮屈な空間で働くことを強いられてきた。私の事を痛めつけてきた先輩方の姿がすーっと消えていく、そして目の前には自分のペースで働ける環境が整っている、これを幸せというのだろう、転職をしなくて良かった、会社を辞めなくて本当に良かった。そんな気分に浸りながら定時が来たので、会社をあとにした。

 

 

家に着いて、今日は図書館に行くんだということをまだ覚えていたので、自転車に乗って図書館へ行った。図書館は薄暗い、経費削減でそうなっているのか、それともちょっと怖い雰囲気を醸し出すためにそうしているのか、本当のところは分からなかった。返却期限がもうすぐそこまで来ている本を返して、代わりに予約していた本を2冊借りた。そのあとに、もしかしたらまだ読みたい本がこの図書館のなかにあるかも、と思ってちょっとだけ探したら植本一子の本があった、ぱらぱらとめくって面白そうだなと思ったのでそれも一緒に借りた。ほくほくとした気分で、行きとは違う道から帰った。そこは私が昔、よく歩いていた道で、店が結構移り変わっていて、よりおしゃれな雰囲気の道に仕上がっていた、休みの日にはここをのんびり散歩して、気になったお店があったらふらっと立ち寄りたいような気分を抱えていた。そのまま自転車は進んだ、18時過ぎでもちょっと暗くなっていた、夏は後半戦にさしかかっているのだろうか。今年の3月からはコロナのせいで季節を感じることが無くなってしまって残念である。その足でスーパーへ寄って、今日は餃子餃子、という口になっていたので冷凍餃子としらす、それと水を携えてレジに並んだ。時間帯がまずかった、人が10人以上も並んでいて、こんなことなら変な時間帯に寄れば良かったと思った、変な時間帯とは一体どんな時間帯の事だろうか。ある程度待たされて物を買って、ようやく家に帰った。フライパンで冷凍餃子を解凍した、熱加減がどれくらいであればいいのか分からなかったので多めに熱していたらちょっと焦げた、それとしらすを一緒に夕飯を食べた。味は、まあ冷凍餃子だなといった感じで、でもまずくはない、なんというか及第点であった。なので、これは肉野菜と並んで私の夕飯の選択肢にすればいいと思った。それよりもごはんにしらすをかけ、それをかきこんだら口の中に幸せが広がった。お魚を口のなかに入れておけば勝手に幸せになれる、便利な口だった。

 

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一息ついて、親と30分ほど話して、そういえば先週応募したライブの当落発表はそろそろかな、と思ってメールを開けたらそれが届いていた。開ける前からなんだか当選している気がしていて、開けたら当選していた。ああ、またライブの予定が出来たんだ、というのがじわじわと私の心を温かくしていった。東京のライブハウスの中でも特にお世話になった場所でのライブなので、なんだか涙が出そうになった。それからはずっと彼らの音楽を聴いていて、その儚さが滲み出ている音楽にさらに涙が溢れそうになった。今日はちょっと、読書は出来ないかもしれないな。