眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年8月20日(木)

シューゲイザースピーカーを鳴らせ
世界の温度呼応して複雑化する思考回路
重低音倍音を上げて 明日が来て 依然、尚、鼓膜がどうも痺れる
判例は尽きない 生きる証拠実感したのは誰だ?」

 

今日も何も起きない、平平凡凡な一日。それがいつか、尊いと思える大切な一日。誰も悪意を剥き出しにして叫んでいない、ただそこには業務だけが回っている。分からないこと、それを聞く、答えが返ってくる、それだけ。そこには「言わなくてもいい一言」や「露わにしなくてもいい感情」は介在していない、ただ純粋に業務が転がっている。そんな環境を求めていた。ずっと弄られてきたような気がしている。面白くもない冗談、もとい悪口を吐かれ、それに過剰に反応することは許されない、ただ笑顔で気の利いた返しをしなければいけないなんて馬鹿みたいだね。「悪口手当」を付与してくれたところで全然元が取れないほど、私は沢山の不快な悪口に晒されてきた。そんな状態が経理、営業、営業の間ずっと続いていて、嫌だな、から、鬱陶しい、になって、消えてしまえ、と切に、切に願うようになっていた。一緒に働く人を好きになれないでここまで来た。現在の経理はそういった負の感情を催すことが皆無で、でも「和気藹々」といった風情もなくて、そこにはただ仕事だけをする環境が整っている。私語は美徳とされない、口を動かしている余裕があるなら手を動かせ、頭を動かせ、という雰囲気を密に感じる。それでいいのだ、私が思い描いていた「みらいのしょくば」というものはそういうものであったから。それはずっと続いていると急に退屈になって、ふぁっとなるときもあるけれど、今のところは取り乱すことなく業務を継続出来ている。今のままでもいい、でも向上させていけるなら少しでもしていきたいね、と思いながら日々会社に来て、こつこつと自分の出来ることを積み重ねている。

 

 

朝は今日もぎりぎりまで寝てて、スーパーに寄っておにぎりを買う時間がなかった。昼ご飯は、だからカップ麺ひとつだけ、という惨憺たる現実と直面した。昨日の分の具材を乗せてそれを食べて、そのときはお腹はしっかりと膨れたような気がしたけれど、所詮はそのだいぶぶんが汁だったので、すぐに化けの皮が剥がれた。お腹が空いて空いて気になって、でも目の前には午前から午後までなんとか仕事が積まれていて、それに集中していたら定時になったありがとう。

 

 

帰りにそのまま帰るのは勿体なくて、本屋に寄ったら山本直樹の新作が出てて、うっかり手を出しそうになってしまった。彼の作品には少なからぬ影響を受けているので、軽い気持ちで読み始めることが出来ない。あまり気分のよろしくなかった今日、この作品を読んでしまうのはあまりにも危険であることを察知して、買おうとする手、徐に鞄から財布を取りだそうとするその手をぐっと押しとどめた。週末に買う。その足でスーパーに寄って食材を買って、今日も夕ご飯は肉野菜炒め。20回以上は作っているはずだけれど、ここ数回で自分が求めている味になってきて、殊更に嬉しい気持ちで食事している。食事の後は府抜けていた。

 

 

bigpopmonster.hatenadiary.jp

 

 

そんなだから、大したことも出来ないで、のてーーっと部屋でああでもないこうでもない、と悩み狂っていた。そんな一日もきっと長い目で見たら必要な時間なんだろう、と思い込むことにする。明日行けばようやく休みだー、この間の休みから長かったような短かったような、よくわからない感じだけれど、間違いなく働いていたほうが体調はよろしいので、当分は長期休暇は要りません。とか言っておきながら、そんなことが言えるのは重たい仕事を任されていないからであって、重たくてどうしたらいいのか分からない、でも誰に相談したらいいのかも分からない事案にぶつかったら、「ああ、会社に行きたくない」と苦悩するのが目に見えている。私の仕事はいつになったらしんどくなるのか。