眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年8月3日(月)

「陰鬱なプリンセス“怠惰” 気取るだけじゃ 王国は本日もピンチのまま
二度と笑えなくなる前に補習の準備をしよう」

 

昨日は寝ることしか能がないような生活を送っていたので、今日は能動的な時間を送れればいいと思った。ずっと快晴とまではいかないけれど、気持ちいい晴れが続いていた。月初なので半日を外出で潰した。先月、先々月は雨が降っていた記憶があり、それのせいで月初の外出は億劫なものであるという固定観念がこびりついていた。今日は晴れていて、そのネガティブな考えが払拭できればいいと思っていた。今日は今日で暑くて、それで何度もペットボトルを買って水分補給をした。水分補給をしているそばから身体は火照ってきて、これはもう熱中症なのではないかと思った。殆ど休む間もなく歩き続けて、で、自分がしている行動は全てネットの世界で完結するのにな、なぜわざわざスタンプラリーみたいなことをしなければいけないのだろうか、といらいらしながら歩き続けた。急に歩くこと、そこに立っていることは尋常ならざるほどにしんどい瞬間があって、ビルの中に緊急避難した。運よくそこに置いてあった椅子に30分ほど座っていた。私はここで生を終えてしまうのだろうか、とぼおっとした頭で考えていた。じわんじわんと頭が痛みを伴って動いていた。少し落ち着いたので、近くの調剤薬局へ駆け込んで、頭痛薬を購入した。昔は気軽に購入できたそれは、今では面倒な手続きを経ないと買えなくなっていた。それだけ取扱注意の薬なのであろう。高校生の頃は毎日のように頭が痛くて、その原因は学校に馴染めないストレスであるが、だから毎日のように強めの頭痛薬を服用していた。毎日飲んでいて大丈夫だろうか、という不安はあったが、頭痛薬なしで頭痛を我慢するほどの精神力は持ち合わせていなかったので、常に頭痛薬は持ち合わせていた。最近は頭が痛くなることが減っていたが、今日の頭痛を経て、頭痛が存在しない世界はなんと素晴らしいものなのだろうかと思い知った。

 

 

話が逸れてしまった。いや、別に話が逸れるくらいどうだっていい。だから私は外を歩いているときはずっと心許ない気分だった。帰りの電車にようやく乗り込んだときもまだ頭は痛くて、もしかして......、と怖くなったが、会社に戻ってのんびりしていたら頭痛が引いてきたので、単なる運動不足と、急な暑い環境に適応できなかっただけだったんだろうな、きっと。私が外出している間に事務仕事は相当に溜まっていた。デスクの上には見たくもない種類が散乱していて、これを今日中にする必要はない、と自分に言い聞かせた。そのあとは優先度の高い業務をコツコツと進めていった。途中途中でコピーロボットが私の所に来てああだこうだと言っていたが、それは大したことではなかった。私の仕事は今のところ、大したことはない。だから緩やかに時間が過ぎていくし、異様なまでの肩凝りに苦しめられることもない。定時を過ぎて、ちょっとしてから帰った。

 

 

帰りにスーパーで食材を買って、だから夕飯は肉野菜になった。ちょっと飽きてきた、いや正直に申しあげるとだいぶ飽きた、他のものが食べたい食べたい気分だが、仕事でくたくたになった私は料理の事でいろいろ考えるのが面倒で、何も考えずに作ることの出来る肉野菜がだから優先された。テレビを一瞬だけ点けて、鬱陶しかったから消した。実家にいた頃は食事時にテレビが点いていることが鬱陶しくて、それはテレビに気を持っていかれると目の前にあるご飯の味が十分に感じられなくなるからであった。そういえば東京に来てからはご飯を食べるときはテレビが点いていることが多く、それは一人だと寂しいからだった。ご飯を食べ終え、テレビを観る気分にならなかったので、椅子に座って読書日記を読んでいた。