眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年5月30日(土)

「何が正しくて、何が間違っているのか
全部わかんないが、問題ない」

 

朝からずーーーっと「梨泰院クラス」を観る。そして観終わる。ああ、面白かった。「愛の不時着」も面白かったけれど、「梨泰院クラス」も面白かった。最近の韓国ドラマは全然観ていなかったけれど、こんなにもクオリティが高い作品があるんだ?「梨泰院クラス」は主人公のパク・セロイが自分の信念をとことん貫くところがとにかくかっこいい。どんな苦境に立たされても、父親から教えられた信念に反することをせず、ひたむきに突き進むのが観てて爽快であった。あとは、このドラマの副主人公と言っても過言ではないチョ・イソのキャラクタが凄く好きであるし、演じたキム・ダミの演技力に惚れ惚れとした。新しい形での「かわいい」女優であり、これからこういった形の女優が韓国ドラマの未来を担っていくのではないか、と思っている。昔の「勝てる構成」に頼ることなく、新しい価値観を存分に取り込んだ「梨泰院クラス」は傑作であるし、こういった新しいドラマがこれからの韓国ドラマに増えていくことが楽しみである。

 

 

ずーーっとテレビを観ていたので、目がしょぼしょぼとなる。観ている間ずーーっと座っていたので、体がバキバキになっている。食料品が尽きてたので、散歩がてら近所のスーパーへ行く。町は徐々にコロナ以前の形に戻りつつある。外出している人は着実に増えてきているし、マスクをしていない人も増えてきている。緩んでしまうのも仕方ないと思う。でも私はコロナという存在が怖くて怖くて仕方がないので、緊急性のある用事だけ済まして、さっさと家に帰った。

 

 

漠然と広がる自由な時間。社会人になったら仕事やその他諸諸に追われて、自分の時間なんてものはなくなるのだろうと学生の時に想像していた。寧ろ学生の頃よりも自由な時間が多いのではないか。学生の頃は学校に行ったりバイトをしたり、遊んだり遊んだり遊んだりして、のんびり読書をする時間さえもおちおち確保できていなかった。いい意味であの頃は忙しかったのだ。しかし社会人になり、仕事が落ち着いてくると自由な時間がとても増えた。人間関係に精を出していたら、自分の時間はだいぶ減っていたことだろう。しかし、私は超が付くほどの人見知りで、人が苦手で、東京には気軽にお酒を飲みに行けるような知り合いがいない。恋人もいない。仕事以外の時間は人と接している時間がない、ほどに一人っきりである。これに対して「このまま一人きりでいいのか」と不安に思う時がある。何も行動を起こさなければこのまま一生一人なのではないか、と怖くなってしまう。でも、東京に来てから一人暮らしを3カ月して、徐々に一人の時間に慣れつつある。まだホームシックがあった頃は頻繁に親に連絡していたけれど、今はそれが億劫に感じられるほど、一人でも寂しさを抱えることが無くなった。別に一人でもいいじゃないか、誰かに迷惑を掛けているわけでもないし。今は一人でのんびりと過ごす時間なんだ、と自分に言い聞かせている。どうせその時が来たら、それなりのことをするはずだから。とかなんとかうだうだしているうちに老いが迫って来て、独り身で一生を終えることになるのかもしれない。別にそれでもいいかな、と思えてくる自分もいる。人と一緒に居て感じる楽しさとか恋しさとか、そういうものを感じられるのは一握りの人間だけであり、私はそのような生き方を選ぶことが出来なかっただけ。ただそれだけなんだって。でも、眠れない夜なんかに未来の事を考えると無性に一人が惨めに思えて、好きでもない人でも恋人でいてくれた方がマシな人生なのかもしれない、なんて悲しいことを考えてしまう。一人の時間は好きだけれど、少しくらいは他人と接する時間もあったほうが人生にハリが生まれるかな。そんなことを考えるのは贅沢かな、なんて考えてしまう5月最後の土曜日の夜なのでした。明日は別に休みじゃなくてもいいかな、うちに居ることに飽きた。