眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年5月13日(水)

緊急事態宣言が発令されてからの出勤18日目

 

酷いネガティブを拗らせている。ストレスを発散させてくれる趣味を謳歌できていないこと、まだ慣れない仕事なのにスピードと正確性を要求されること、急激に気温が上がったこと、睡眠不足、その他諸々の不安要素ががしっと私を揺さぶってくる。「ああ、生きてるのめんどいな」と思ったが最後、果てることないネガティブの沼にズブズブとはまっていってしまう。私の周りには私を肯定してくれる存在がいない。仕事をしてても「おっ、もう出来たの?凄いじゃん」と褒めてくれる先輩は職場にはいなくて、「まだ出来てないの?」と仕事の進捗状況しか訊いてこない先輩がぽつんと存在してるだけ。虚無を加速させる仕事を終わらせて、電車に乗って家に帰って、ぐわっと疲れが押し寄せてくる。身体も精神もゴリゴリに削られるような働きをしていないくせに、私のそれらは非常に柔なのである。今日はお昼にだらだらと起きていたのが良くなかったのだろうけれど、家に帰って急いで夕飯を食べて、そうしたら急激に眠たくなったけれど、ここで寝てしまったら明日を迎えてしまいそうだったので、だらだらとネット徘徊をしていた。こんなことをしているからネガティブを余計に拗らせてしまうのでしょう。こんなにもクタクタになってしまった日は早いうちに寝てしまうのがよろしいですね。

 

 

仕事は忙しいをようやく通り抜け、のんびりとした時間を過ごすことが出来た。「17時になったらみんなかえろー」と上司が一人一人に鼓舞を入れる。いっそのこと、1ヶ月間くらいは自宅待機を命じてくれてもいいんですけれどね。お昼は相変わらずおにぎり2個にカップ麺という、なんともアンバランスな食事を続けている。経理の6割方が外食に行っている。それに対していろいろと思うことはあるけれど、これ以上嫌な気分をぶりかえしたくないので、特に言及はしません。引き伸ばし引き伸ばしの午後を過ごし、17時きっかりに会社を出る。「もう夏だ」と思えるほどに郷愁じみた空気を纏いながら駅へと向かう。こんな仕事を続けていていいのだろうか。なんの発展性もないことをずるずるとしていくことにどれほどの価値があるのだろうか。ああ、私が一番輝ける場所は一体全体、どこにあるのでしょうか?そんなものは誰かが勝手に描いた夢物語に過ぎず、モノクロの毎日をえっちらおっちらと繰り返していくのが人生というものなのだろうか。30手前だというのにその辺りの理解が乏しいことに不安を感じてしまう。30ぐらいの年齢になったら、世界のあらゆることをそこそこ理解していると思っていたのに。

 

 

夜はThe Strokesの新譜をだらだらと聴く。読みたい本はたくさんあるのだけれど、今日はしっかりとした活字を読めるほど体力が残っておりません。大した仕事をしていないのになんでこんなに疲れているんだろう。こんな日々が毎日続くのだとしたら、結婚は愚か新しい出会いなんてものも迎えに行くことが出来ないよ。明日、明日会社に行ってそれなりのことをしたら、あとはちょっと楽ができる。もう少しだけ頑張ろう。

 

 

ちょっと鬱っぽいかもな。