眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年4月8日(水)

緊急事態宣言が発令されてからの出勤1日目。いつかこの文章が誰かの役に立つことを願いながら、粛々と書いていきます。

 

 

先日も書いた通り、私が勤めている会社は在宅勤務が可能な営業さんや技術さんや総務さん以外の人、つまり未だに紙ベースで仕事をしている経理は今日も平常通り会社へ出勤しないといけません。いつも通りの時間帯の電車に乗ったのですが、さすがに乗車率はぐんと減っていました。すかすか、とまではいきませんが、近くの人と体がぶつかるほど人は乗っておらず、座席もぽつぽつと空いていました。こんなときに出勤しているからなのでしょうか、乗車している人は皆一様に顔が険しいように見受けられました。「これから戦場に向かうのだ」と言わんばかりの気迫に思わず圧倒されながら、いろいろと考えおりました。本当に出勤するんだ、こんな事態なのに、とか、どうせ会社に行ってもやることがなくて暇を弄ぶのだから、いっそのこと休んでしまおうか(自己防衛のために)とか。そんなことをぼんやりと頭の中で遊ばせながら、その実心は不安で仕方がありません。(この中にコロナウイルスに罹っている人がいないとも限らない。もしコロナウイルスに感染してしまったらどうしよう。生き延びることが出来るのだろうか......)と暗いことが頭に浮かんでしまい、ちょっとどうにかなりそうでした。そんな不安定な心をぎゅっと支えてくれたのが、RADWIMPSの音楽。今日は「ANTI ANTI GENERATION」を聴いていたのですが、どの曲からも感じられる「生きる意志」を感じながら、「とりあえずは今日を生き延びよう。明日のことは明日になったら考えよう。必要以上に不安がることはないし、かといって無防備でいるのも違うな」と思えるようになりました。ありがとう、RADWIMPS

 

 

会社の最寄り駅に着き、会社へと続く道を歩いていると、通勤する人がちらほらと見受けられました、それでも昨日以前に比べるとさすがにぐんと減り、ここでも肌で昨日の緊急事態宣言の効果を感じました。会社に着くと正面玄関は締まっており、こそこそと裏口から入ることに。なんでこんなこそこそと悪いことでもしている気分にさせるんだろうな、会社のために今日も頑張って働こうと思って出社しているのに。さえない気分が充満している中、いつものフロアに入ると人が昨日に比べてだいぶ減少していました。総務の方々は在宅勤務をされておるのでしょうか、重鎮がちらほらと見受けられるだけです。一方、経理は決算で忙しいため、研修さん方も含めてなんとも大所帯感がすごい。「みんなでこの苦境を乗り越えていくんだぞ」といったところでしょうか。請求しなければいけない案件もありますもんね。あああああ、なんでこんなタイミングで経理に来てしまったのだろうか、とついつい考えてしまう。せめて半年後くらいに異動になっていたら......と思うと悔しくてたまりません。しかし、あれ以上名古屋の営業に在籍していたとしても時間の無駄だっただろうし。難しい問題です。

 

 

始業時間になり、仕事が始まる。上長から昨日のあれについて触れられることはない。「休んでいる〇〇さんがね、熱を出しているんだけれど。38度近いんだってさ。もしかしたらね......」ということなので、間隔を空けて座ることに。前回の座席に引き続き、今回も壁が隣にあるというのはとても安心感のあることです。しかし、熱を出している人然り、理由はよく分からないけれど休んでいる人然り、周りに対して無防備になれる瞬間はないので、一時たりとも緊張の糸を緩めることは出来ません。目や口は安易に触るようなことはしないで、アルコールできちんと消毒してから、ということは徹底しました。他にも、出来る限り声を出さないで作業を粛々と進めていきました。人がある程度存在している室内に居ることは、今となっては恐怖以外のなにものでもありませんが、会社を辞める勇気がない私は仕方なく出社しなければいけない......のだろうか?

 

 

緊急性の高い仕事があるわけでもないのでのんびりと時間を過ごしていたらお昼休みに。今日から社内で食べることを選択しました。多分空いているお店は少ないかと。それをわざわざ探しに行くのも億劫なので、会社に行く前に買った、2つで150円のおにぎりと、日清の肉うどんを食べる。肉うどんのあまりのおいしさに「これならこの食生活でもなんとか続けられそうだな」と思いながら、ものの数分で昼飯を食べ終える。はてなブログを徘徊していると、気になるブログを発見。食い入るよに読みました。

 

 

yashio.hatenablog.com

 

 

ブログ主の怒りはまさに私のそれで、こんな状況なのに出社するって本当になんなんだろう、会社から軽んじられているのだろうか、と情けなくなりました。それ以外にもコロナ関連のエントリを読んでいたら気が滅入ってしまったので、耳にイヤホンを突っ込んで、30分ほどRADWIMPSを体に注ぎ込む。すごく落ち着く。ずっとこうしていたい。ずっと彼らの音楽を聴いていたのに。

 

 

昼休みが終わり午後からの仕事が始まるも、まるで一人だけ爪弾きにされているかのようにやることがない。薄っぺらい仕事を丹念に丹念に仕上げていく。それが終わると、ここ1カ月の仕事を振り返り、慎重に復習していく。......全然時間が過ぎない。周りを見渡してみると、こんな状況なのに出勤させられているのにへらへらと笑いながら仕事の手を止めている研修生さんたちの姿を見つけてしまい、なんとも寂しい気分になりました。彼らはいったい、どんなことを考えて今ここにいるんだろう。別にいなくても良いのに、「ただなんとなく」会社に来させられていることに憤りは感じないのだろうか。寧ろ、一人暮らしで部屋で一人、鬱々と過ごしているよりかは会社に来て「みんな」と仲良く仕事をしているほうがいいと判断したのかな。どうでもいいや。

 

 

定時を過ぎ、皆が帰る雰囲気を醸し出してくれたので、さっさと帰りました。帰りの電車はそこまで空いていないんですね。昨日とあまり変わらない乗車率でした。家の最寄駅に降り立ち、どこかうろうろしたい衝動に駆られる。一日中社内で軟禁されていたので、気晴らしに買い物をしたい。しかしそれは不要不急の外出なのか。ちょっと考え込み、「不要不急ではない」と判断した私は、未練がましく商店街を眺めたあと、さっと家に帰りました。

 

 

なにもしていないからこそ疲れてしまったのでとことん遊ぶぞー、と思い玄関を開けたら、あろうことか隣からどんちゃん騒ぎが聞こえてきました。行き場を失った大学生の溜まり場になっているのか、重低音が良く響く音楽をなかなかのボリュームで鳴らしながら、大きな声で喋っているのはちょっと耐えられそうにありませんでした。簡単な夕飯(スーパーで売っているパックサラダ、卵と納豆かけごはん)をすごいスピードでお腹にかきこむと、急いでロフトに上がり、耳にイヤホンをぶっ刺して、そこそこ大きな音でロックを聴く。それでも苛立ちはおさまらないので、最近はそういえばご無沙汰だった「歌を歌う」ということをしていました。2時間ほどでしょうか、ずーっと音楽を聴きながら歌を歌っていると、すっと心の奥底にこびりついていた汚れがするすると流れ落ちていき、落ち着いた心を取り戻すことが出来ました。イヤホンを外すと隣の馬鹿みたいに大きな声は聞こえなくなっていて、平穏な夜を取り戻すことが出来ました。