眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年3月31日(火)

3月最後の出社。朝は相変わらずぎりぎりまで眠りを謳歌する。日曜日のどんちゃん騒ぎの影響はまだ抜け切れていない。自粛自粛で外出することが出来ず、家で騒いでしまったかもしれないけれど、次の日が平日なんだからちょっとは気を遣ってくれよな。それもこのアパートは壁が薄いこと、普段から気付いているだろうに。どんだけ面の皮が厚いんだろうか。ただ単に想像力が欠如しているだけなのか、自分たちが楽しければそれでいいと思っているのか。これ以上彼らの事を考えるのは時間の無駄なのでこのへんでやめておきます。

 

会社に着き、すぐに始業の鐘が鳴る。今日は前方の研修さんは在宅勤務(家で簿記の勉強)なので、コピーさんがちょいちょいと手をこまねいて私を彼の隣の席に座らせる。

 

「じゃあ、始めよっか」

 

本格的に仕事を教えてもらえる。そんな高揚感がついつい頬の筋肉が緩ませる。しかし、私を待ち受けていないのは圧倒的につまらない業務であった。それは生産性の欠片もない、入ったものと出ていったものを数えるだけの、機械的な作業。ただ、これがとても厄介な業務でもあって。各々がきちんとデータ入力をしてくれればいいのだけれど、どうしても忘れてしまう人だっている。その人のうっかりのせいで「数字が合わないんですけど......」と呆然とモニターを眺めることになる。最初の頃はただ機械的に消していけばよかったので「簡単じゃん」と楽観的に思っていました。しかし、仕事が進んでいくにつれて徐々に暗雲が立ち込めていく。「え、データが一つもないよ...」どうしたらいいんだろう。隣のコピーさんに訊いてみると「ああそれは、これこれこれ~~~で、こうこうこう」と無機質な機械が喋っているかのような対応。あれ、この人って人間だよな?と失礼なことを思い浮かべながら、でもどうしてもパーマンに出てくる「コピーロボット」にしか見えないんだよな、初めてこの人を見た時にその印象を抱いてしまったせいで、たぶんこの感覚は一生抜けないだろう。そんなことはどうでもいい。今はこの単純だけれど、一人では解決できない業務をこなさなければ。黙々と解ける気が起きない作業を進めていると、すっと井戸端会議さんがやってくる。「ちょっと頼みたいことがあるんだけれど...」すかさずコピーさんが井戸端さんを遮り、「ちょっとこっちは急いでいるんでやめてもらっていいですか」確かに、そんな単純作業くらい自分でしろよな、廊下で会社の人とお話を興じている時間があるのならさ、と私でも思いましたけれど。でもコピーさん、だいぶ上の人にもキツめに話されるんですね。まだ1カ月しか経理にいないので、この場所の力関係というものが見えてこない。

 

 

気付いたらお昼休みになっていた。ずーーーーーーっと同じ作業、それも答えがあるのかどうかあやふやな作業だけをしていたので、頭がぽーーーっとなってちょっとどうにかなっていた。余りにも衝撃が強すぎて、空腹があまり感じられなかったが、昼飯をきちんとお腹におさめておかないと午後からも戦えないような気がしたので、いつものスパゲッティ屋でトマトスパゲッティを食べる。スパゲッティを食べててもそこまで嬉しくない。頭が先ほどの作業の事をじーーっと考えている。(あれ、終わるのかな。答えにたどり着ける気がしない......)悶々としながらアイスティーを胃袋に流しこむ。帰りたくない。会社に帰りたくない。会社に帰ったらまたあの作業をしなければならない。「これは今日中には終わらせておきたいんだよねー」と簡単に言ってのけるコピー。これは私一人だけで終止符を打たなければいけないものなのか。はあはあ。名古屋の営業をしていたときには感じたことがなかった、あのどうしようもない焦燥感が体中を包み込んでいくのを、どこか遠くの僻地の出来事であるかのように感じられるのは、この現実がどうか夢でありますように、もしくは妄想でありますように、と強く願っているからだろうか。そろそろ店を出ないとお昼休みが終わってしまう。でも......。

 

 

気付いたらコピーさんの隣でパソコンをカタカタやっている自分がいた。「分からないことがあったらなんでも聞いてねー」と、業務を始める前に言ったコピーさんの目がギラギラになっていて、とてもじゃないけれど分からないことを訊けるような雰囲気は漂っていなかった。かと言って他に頼れるような人がいないのがこの職場のミソであるよな、とどこか他人事のように自分の人生を考えていた。逃げたい。全力で、今すぐ、この場から逃げたい。焦燥感でいっぱいいっぱいになった私は、それでも逃げる勇気もなか卯、項垂れながらパソコンを眺め、ああでもないこうでもないと作業を繰り返していくしかない。

 

 

気付いたら定時を過ぎる鐘が鳴り終わっていた。「おつかれっしたーー」と着々と会社を後にしていく研修さんたち。それを横で感じながら、(まだこの作業やるのかな。疲れちゃったよ疲れちゃった。もうとてもじゃないけれど集中力が持たないよ。帰りたいよ。家で布団の上でのんびりしたいよ。もうこれ以上続けても分からないことは分からないままだよ)と不安げに考えるも、隣のコピーさんはまるでロボットにでもなったかのように、寸分の狂いもなくカタカタとキーボードを打っていたので、「帰りたいです」とも言い出せず、だらだらと作業を進めていく。このままだと、感情を失ってしまう......!

 

 

気付いたら2時間30分も残業をしていた。それでも一向にこちらのことを気にすることなく、カタカタカタカタとキーボードを打ち続けているコピー。これは出来の悪いホラー映画なのか、なあ、おい?と視聴者に訴えかけたくなるほど、私の心は追い詰められていた。しんどいなあ、もう限界じゃないか?といった素振りを執拗に繰り返していると、「まあ、今日はこれくらいでいいかな」という言葉をコピーから引き出せたので、さっさと帰る準備を済ませて、すっと会社をあとにしました。

 

 

家に帰っても、何かを楽しめるような精神状態ではありませんでした。特に眼精疲労が酷くて、こんな日を繰り返していたらいつか取り返しのつかないことになってしまうんではないか、いっそのこと転職してしまったほうが......と思考だけが前へ前へと進んでしまう。過熱しきった頭を冷やす手立てもないので、どうしたものかな、音楽もそこまですっと心に入ってこないしな。もう寝るか。早いけれど、今日はもう寝ることにします。明日も今日と同じことをやるのか、気が滅入るな。しんどいぶぶんはコピーさんがやってくれればいいのになあ。今日の一件で、改めて自分の性格の悪さを思い知りました。さようなら、明日はもう来なくてもいいかな。

 

 

ずっと寝ていたい。