眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年3月8日(日)

今日は何もないので、10時過ぎまでだらだら寝る。昨日は薄い布団で寝たせいかあまり寝心地がよくなかったが、今日は暖かい毛布にくるまれていたのでいつまででも寝ていられた。実際、起きたときはまだ眠たかった。でもこれ以上寝たら馬鹿になってしまいそうだったので、無理やり体を起こしてみた。昨日、薬を飲まなかったせいか、体が随分とだるかった。もしくは激しく降りしきる雨のせいかしら。のそのそと起き上がり、朝ご飯なのか昼ご飯なのか判別のつかないご飯を食べる。実家でもご飯の上に大量の納豆をかけたものをもそもそと食べた。一人暮らしと異なるのは、ご飯とセットでサラダがついていることである。私は一人暮らしになるとサラダを食べなくなる。別にサラダが嫌いなわけではない。ただスーパーでサラダを買い、それを洗い、食べられる大きさに切ったりちぎったりするのが面倒なだけである。私はよくよく考えたら随分な面倒くさがりで、大抵の物事は深く考えずに「えいやっ」と決めてしまうことが多い。直感を信じている、と表現すれば多少はかっこよく感じられるが、ただの面倒くさがりなだけである。別にそれで困ったということはない。一人で生きている分にはそれでも別に構わないのかもしれないけれど、恋人が出来て、諸々のイベントが発生した際にはそれは裏目に出てしまうことがあるだろう。東京に慣れるまでは恋人は作らないつもりでいるので(努力したところで出来る可能性は低いだろうが)、まあ差し迫って困る問題ではなかろう。

 

 

話がだいぶ逸れてしまったけれど、まあ別にいいだろう。これくらいの緩さがないと、毎日文章を書いていられないだろう。文章を書いているのはほぼほぼ自分が楽しいと思っているわけであり、誰かのためになりたい、なんて高尚なことはほとんど思っていない。少しくらいは「私の書いた文章が誰かの生活の手助けになればいい」と考えるときもあるけれど、殆どの場合はそんなことなんか考えていない。なので、私の文章から何かしらを掬い取ってくれるかたがいらっしゃれば嬉しい限りである。そんな酔狂なことをする人がこの世界に一人くらいはいてもいいのではないかな、とぼんやり考えてみる。

 

 

ご飯を食べ終わってからも引き続きぼーーーーっとした感じで過ごしていく。なんともゆるゆるな時間が流れていき、ストレスなんてものが皆無な人生である。もしまだ営業職に就いていたら、「明日の新規営業はどこに行けばいいのだろうか。そもそも新規営業なんて意味があるのか?」と明確な答えのない問いをだらだらと考えて、一人苦しんでいたことだろう。でも今は運よくジョブチェンジをして、晴れて経理職に舞い戻ったので。こつこつと日々努力して、経験と実績を積んでいくんだ。そろそろ簿記の勉強をしなければいけないだろうな。

 

 

だらだらとしていたらあっという間に夕方になっていたので、近くの回転寿司屋で黙々と好きなネタを食べる。1時位間ほど滞在し、家に帰ってそそくさと帰りの準備をし、30分ほどのんびりしてから家を出た。

 

 

帰りの新幹線で秋山黄色を聴いていた。今日、ライブがWWWであったそうだが、コロナウイルスの影響で中止になったそうだ。去年のフェスで彼を観たときは「直線的ない音楽だな」といった感想しか持たなかったが、改めて聴いてみるとすごくかっこよくて、ライブでの印象はあまり信用ならないな、と思った次第。あまりにもかっこいいので、これからヘビロテしていきそうな予感。

 

 

あっという間に東京につき、新宿の本屋で軽く買い物をしてから、家にそそくさと帰る。そのあとはただのんびりとした時間を過ごしていた。あっという間に日を跨いでしまったので、おとなしく寝てしまいます。明日からの一週間、少しでも楽しいことがあればいいんだけれどな。