眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

東京に出てきたのは私一人

地元の先輩の新居が近々出来るという。風の噂で、東京でひっそりと暮らしている私のもとに届けられた。彼は私の尊敬する先輩で、学生の頃から大変お世話になった。就職で東京に出てきてからも、たまに地元に帰ると一緒に飲んだりして、学生の頃の仲を維持していた。しかし、彼が結婚して家庭を持つようになると、次第に疎遠になっていった。遊ぶために生きる、ということを全力で証明していた彼でも、家庭に入ると大人しくならざるをえないのだろう。去年は大学の部活の間で結婚や出産が相次ぎ、忘年会は開かれなかった。それからというもの、彼らとは一切連絡を取っていない。2回目の上京で、私はもう東京の人間になるのだという意思を固めたので、彼らとの交流が疎になってしまうのは仕方のないことである。ゴールデンウィークは地元に戻るかどうか、今のところ分からない。家族に顔を見せるのは大事なんだけれど、折角東京に来たのだから、東京に存分にまみれてみたいという気持ちもある。

 

 

地元の同期、先輩は皆地元に就職して、私だけが上京する形になった。まあそういうものか、とそれに対して深くは考えないようにした。去年、1年だけれど地元に戻ったが、それぞれが学生の時とは異なる違う時間軸の中で生きているので、気軽にお酒に飲みに行くことはなくなってしまった。寂しいような、でもいずれはそういう風になっていくことは予想できたので、別に今更あたふたする必要もないんじゃないかな。と最大限のつよがりをしてみる。本当は東京で一人、何かがあったときに咄嗟に頼れるような人間が一人もいないというのはなかなかに堪える。私がそのような人間関係を構築する努力を怠ってきたからであり、それを今更どうこうと言うつもりはない。ただ、幼い頃から少しだけでもいいので、人間に興味を持てばよかったな、とGrouploveの新作を聴きながらしみじみと思う。今から努力しても遅くないんだろうけれど、かっこつけの自分がでしゃばって「もういいだろ」と通せんぼしてくるのを押しのけてまでコミュニケーションを!と思えるほどの情熱はないのです。

 

 

明日も一人でご飯を食べるのだろう。好きなものを好きなだけ食べられるのでストレスは溜まらないが、どこか寂しい気分を心の隅で感じながら時間が流れていくのだろうよ。