眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

あまり元気がない

生きてて楽しみに思えることがぱっと思いつかない。東京に来てからそろそろ1週間が経とうとしているが、なんともまあ平穏な日常である。視界の端っこにはコロナウイルス関連で喧しいけれど、心が疲弊してしまうので無視することにした。私は影響力の強いものが苦手で、今までの人生、そういったものに出会うたびに必死に見て見ぬ振りをしてきた。今回のコロナウイルスの件も必死になって見ないようにしている。テレビやネットでは気が狂ったかのように、毎日毎日、コロナウイルスに関することを垂れ流している。分かった、分かったからもうこれ以上私のプライベートスペースには入ってこないで。最低限の予防はするから、それ以上の真偽不確かな情報は一切聞きたくない。

 

 

仕事は当たり前であるかのように放置されている。いやまあ、忙しい時期で構っている暇がないということは分かっております。自分の仕事でいっぱいいっぱいであること、隣から痛いほど伝わってきます。だから我儘な大人のように、「私をもっと構ってよ!」なんて恥ずかしい事は言わないって決めてる。でも、1日中書類を並べ替えているだけ、というのはなかなかに堪えるよ。今日も上司から「どうだい?」と漠然とした問いかけを振られたので「楽しくやっております」「嘘こけ」という何の意味もないやり取りが発生した午後4時。私、会社に来る必要ありますか?「明日でようやく書類整理が終わりそうなんですけれど」「明日もちょっと忙しいから、出来れば他の書類を整理しておいてもらえる?それと、倉庫がぐちゃぐちゃになっていると思うから、それも整理してもらえると助かる」私は便利人間なんじゃないよ。こんなことばかりしていたら、あいつに「よー、日雇い労働者」と言われるのではないかとビクビクしている。

 

 

毎日定時に帰っている。外をうろつくのは怖いので、一目散に家に帰って録画しておいたテレビ番組をぼーっと眺めている。その作業が終わると、ロフトに上がって音楽を聴きながら時間が過ぎ去っていくのをじっと耐える。耐え忍ぶ。今はそういう時期なのだ。楽しむなんてのは、この生活に慣れてからだ。少なくとも1ヶ月はかかるだろうな。1ヶ月も経てばコロナウイルスが終息して......くれないかな。街全体が鬱々とした雰囲気を纏っていて、外出するのが楽しくも何ともない。寧ろ周りを歩いている人間の負の感情を敏感に拾い上げてしまい、家に帰る頃には悲しい気持ちになっている。今日はもういいや、RADWIMPSを聴きながら寝よ。