眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

400日目「えっ、もう400日経ったの?」

ここずっと暇な時間を過ごしている。もう私はダメになってしまいそう。好き好んで今の状況に甘んじているわけではない。やれることがあるんだったらどんどん仕事を任せてほしい。今までちゃんとした仕事をしてこなかった分、猛烈なほど仕事をしたい気持ちで溢れている。しかし、現実はそんなに甘くはない。仕事が出来る人に業務がじゃんじゃん流れていく。いや、まだ仕事が出来るとか出来ない以前の話ではないか。今仕事を覚えている段階なのに、「お前は仕事が出来ない」と他人に決めつけられたくない。私はまだ成長できる機会を貰っていない。......というのは甘えだろうか。チャンスは誰かから貰うものではなくて、自分から創出するものではないか。という他人とは思えない声が頭の中でこだまして離れない。

 

 

あたらしきもの、自分から進んで仕事をやっている、というより先輩からやるよう指示されたから仕方がなくやっている、といった雰囲気がぷんぷんしている。配属早々にパワハラを全身に浴び、今の会社を辞めたいと一度思ってしまったからそういう風になってしまうのはどうしようもないと思う。彼は今、何を思っているのだろうか。一念発起、新規をバリバリ開拓していこうと思っているのか。それともやる気があるように周りにアピールするために先輩から指示されたことをそれとなくやっているのか。たぶん後者だと思う。どれくらい今の頑張り風味が続くのだろうか。どうか風味から自分から進んでやっている方向へシフトしていってほしいけれど、難しいかな。どうなるのか、楽しみでもあり不安でもある。

 

 

ああ暇だな、嫌だな。毎日毎日、やることもないのに会社に行くのは嫌だな。先輩方は私のことを放置して、もうなんで律義に毎日会社に来ているのだろう。……とここで思考停止していることが多い。で、そんな現状を打破するためにどうしたらいいの?それについて全然考えないで、ただ現状を憂えているだけ。そんなんじゃ何も変わらない。大袈裟な表現かも知れないけれど、日常を変えたいんだったら自分が動かないとダメじゃん。何ずっと悩んだフリばかりしているの。あまりにも常態化しているので、悩んですらいないよ今。ということにようやく気付けたのは、平日の日中があまりにも暇すぎて、でも大っぴらに業務と関係のないことをしているほどの度胸もなく、自分の頭の中で完結することを追い求めた結果である。ここが私の人生の分岐点になる。これからその思考を深めていくのか、「でも考えるのだるーい」と自分の人生をかじ取りを放棄するのか。全てはこれからの自分自身の一挙手一投足にかかっている。そして、これからの限られた人生を無意味なものにしたくないと本気で願っている、なんなら今すぐ叫びたいほどに変化を渇望しているくらいなので、自ずと道は切り開かれていくだろう。もうぼさっと生きている時間なんかないぞ。

 

 

自分の中に何もないから、外部の楽しそうなものに依存してしまう。自分の頭で考える楽しさを知らないから、ドラマやライブといった、受け身でほとんど何も考えなくても楽しいような気がしてくる娯楽ばかり追い求めてきたのだ。でもそれはあまりにも空しすぎやしないか。他者が作り上げた架空のものに一喜一憂している姿を客観的に見てみると、どうも滑稽な姿に映ってしまうのだ。今まで私は自分の視点ばかり大切にして、客観的に物事を捉えることをしてこなかった。なぜか。面倒だからだ。頭を使いたくないからだ。ではなぜ頭を使いたくないのか。頭を使う習慣がなかったから、「頭を使う」という発想が思い浮かばなかったんだろう。なんだそれ、あまりにも空しいではないか。ということで、どんな些細なことだとしても自分の頭で一から再構築して物事を考えていこうと思っている。具体的にどのようにしていけばいいのか、なんて現状ではよく分からないけれど、頭を使っていけば自ずと進むべき方向が見えてくると信じている。