眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

399日目「どどどどど」

会社帰りにちょっと一杯、といったことをしたことがない。したいとも思わない。お酒がそこまで好きではないし、高い金を払ってまで外でお酒を飲むという発想がない。そんなものだから、今の職場でも仕事が終わったら寄り道をしないでまっすぐ家に帰っている。営業という仕事はお酒が飲める、ということが一つのステータスみたいになっていて、それが鬱陶しい。飲みの席で「さあ、どんどん飲め」と勝手にお酒を注いでくる上司、未だに好きになれない。お酒は人にとって飲むペースがあるし、未だに昭和的発想を拗らせている人を見ると......、と引いてしまう。だからなんなんだ、という話だけれど。

 

 

ずっと社内に居た。やることがなかった。ほとんど死んだような状態だった。居ても居なくてもどっちでも同じだった。何で鼻水がだらだらと出てて辛いのに、パソコンの前に座って虚ろな目をしていたのだろう。有限な人生の無駄遣い。私はこんな状態に自分を置くために生まれてきたわけではない。そもそもの話、上司は何もしていない部下を見つけたら叱るなり現状を確認するなりしてくれるものだと思っていた。そんな事を考えていた私は甘い人間である。誰かがどうにかしてくれる、なんてことを考えていたら日が暮れてしまう。もう他人に期待するのはやめよう。それと同じように、他人に絶望するのもやめよう。私はしっかりと私のことを見つめ、これからどうしていなかければならないのかしっかりと考え、で、実際に行動していく。残された時間は思っているよりも少ないかもしれないから、だらだらと無駄な時間を過ごすことほど空しいことはないよ。

 

 

定時になった。死にきった体を無理矢理引きずって家に帰った。帰りの電車に乗っている間、就業時間中の虚無がまだ私に纏わりついていることに気付いて、もうどうにでもなってよかった。climbglowを聴いて、体が落ち着きを取り戻すのをしっかりと確認した。今日も相変わらず寒いな。咳が出なくなって風邪が治ったと思ったのに、不意打ちの寒風で風邪は完治することなく、今は鼻水のフェーズに移っている。とにかく鼻水が出てくるので、そのたんびにティッシュペーパで鼻水を拭うのだけれど、何度もそれを繰り返していると鼻の周りが傷ついてくる。良質なティッシュペーパではないから仕方がない。ひりひりしてくる鼻の痛みを感じながら、何もしていないとき、確実に私は死んでいた。こんな時間を過ごすの、本当に無駄だって。「何もしていなくてもお金が貰えるなんてラッキー」なんかじゃない。自分の大切なぶぶんが死滅していくのを黙って見ているのは我慢ならない。なんなんだよ、今さら無駄に息巻いたところで何がどうなるというわけでもないから。私は意味のある時間を過ごしたいから、多少傷つくのだとしても行動してみるよ。多分それ、意味ないと思うけれどね。

 

 

行き交うビジネスマンたちの姿を見ながら、もう一度働けたらどんなにいいかと思っている自分自身に気づいて僕は挫折した。あれほどうんざりしていたあんな暮らしが、結局は僕の望む人生だったとは。いつか退職したらという想像だけで三十三年の会社員生活を耐えてきたのではなかったか。僕の人生は果たして、何だったのか。人生って・・・・・・何なのか。

パク・ミンギュ「短篇集ダブル サイドB」「昼寝」p10-11より

 

 

だるい。身体がただただだるい。試しに布団の上に寝転がってみる。だるい。全身の力を抜いて、何も考えないようにしてみる。......だるいな。だるいし、肩が尋常ならざるほどに凝っている。原因として考えられるのは、日中の仕事における暇、それにおける精神の硬直である。それともしかしたら花粉症が原因していたり(周りの花粉症の人が大変そうにしている)、まだ風邪が全回復していないからそれのせいかもしれない。たぶんそんな要因が重なってしまったがために、私の身体はこんなにもだるいのだ。だるすぎて何もする気が起きない。身体に刺激を与えたくない。ああ、もう明日とか考えたくない。今も考えたくない。昔の事も一切思い出したくない。じゃあ、一体どうしたらいいんだろう?過去も未来も現在も不必要になってしまった人間には、一体何が残されているのだろうか?

 

 

実家で久しぶりに過ごす節分。最後に家族と豆まきしたり恵方巻を食べたのが私が大学四年生のときなので、五年前である。あっという間の五年間だったし、その五年間は正直なところ無駄なぶぶんが多すぎた。兄がジムに行ったきり帰ってこないので、なかなか恵方巻にありつけない。自室の布団の上に寝そべって、何をするでもなくただぼおっとしている。身体がだるい。何もしたくない。でもお腹は空いている。お昼のパスタ、大盛りにしておくべきだった。そんなしょうもないことをつらつら考えていてもなお、兄は帰ってこぬ。どれだけ身体をしごいているのか。耐えきれなくなった私は冷蔵庫に保管してあるお茶を取り出して、空腹の身体に滲みこませるようにゆっくりゆっくりと飲み込んでいく。あまり美味しくない。そうこうしているうちに20時を過ぎ、ようやく兄も帰ってきたので、黙って恵方を向きながら恵方巻を食べる。家族揃って恵方巻を食べるのも、今回が最後だと思う。それから少しして豆まきを行った。子供の頃は無茶に投げていた豆、今ではもうそんな元気もなく、ただ「鬼はー外、福はーうち」と棒読みしながら豆をまく。あっという間に儀式は終わり、身体がカチカチになっていたのですぐさまお風呂に入った。なおも身体ほぐれてくれないので、ちょっと気分がそっぽを向いた。

 

 

明日何か変わる気がする。そんな気だけを大切にして、今日もそっと一日を終える。