眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

396日目「無敵2」

 

bigpopmonster.hatenadiary.jp

 

 

約1週間前のときのように、いやそれ以上に体中が無敵で漲っていてちょっと怖い。向かうところ敵なし、みたいなノリが頭を支配していて、今ならなんでも出来てしまいそう。で、実際に行動してしまいそうな危なっかさがある。これは良いことなのか。

 

 

今日はとても良い天気で、お昼休みに外を歩いていたら、このままずっと歩いていたい気分になり、会社が近づくにつれて憂鬱が増した。別に嫌嫌仕事をしているわけではない。端的に言うと、仕事がないのだ。「何をふざけたことを言っている。仕事なんて自分で作るものだろ」と上の方々にお叱りを受けるかもしれないが、現状仕事がないのだから仕方がない。去年末の忙しい時は「忙しいより暇なほうがいい」とぼやいていたが、いざ暇な時間がずるずると長引いてくると「暇よりかは少し忙しいくらいがいい」と切実に願う。総務や経理など、事務仕事を主に担当している部署なら、多少暇でもそこまで苦には思わないだろう。しかし私は営業職で、外に出ているのがデフォルトの存在である。それなのにやることがなくて社内に居る時間が長い......というのは非常に苦痛である。単純に時間の流れるスピードがのろい、というもある。けれど一番嫌なのは「周りの視線」である。「あいつ、営業なのに日がな一日社内に居るなんて、仕事をサボっているんじゃないか」と思われている、と思ってしまう。特に直近の先輩なんかはそれを思っているに違いなく、毎朝顔を合わせるのが苦痛で仕方がない。じゃあこれからどうしていけばいいのか、という話なんだけれど、これといって打開策はない。ただただ新規営業の数を増やしていく、という考えもあるけれど、無駄なことは出来ることならしたくないと思う性格である。「いや、新人が新規営業をじゃんじゃん仕掛けていくのは無意味なことではない。いつかきっと役に立つ」と平然と言ってのける上の方々もいらっしゃるが、不必要な苦労は出来ることならしたくない、と思うのが私という面倒な存在である。そんなに営業が嫌なら転職して事務職に就いてしまえば?早くしないと売り手市場が過ぎ去ってしまうよ、という意見も散見されるけれど、転職もまた面倒で、当選確率の低いガチャを回すくらいだったら現状でなんとか満足するほうがましかな......とずるずる引き延ばしている。

 

 

あたらしきもの、パワハラが終わったらと思ったら、指導不足によりなかなか前へ進めていない様子。上の人たちが彼にごちゃごちゃ言うのだけれど、そりゃ人の考えなんてものは同じなんてことはなく、どれを信じたらいいのか分からない状態。ある程度の知識と経験があったら自分で取捨選択できるけれど、営業になって日が浅すぎるので、自分で判断するのは不可能だと思われる。万事休す。彼は一体どのようにしてこの苦難を乗り越えていくのか。ちゃんと見届けたい。

 

 

今日も定時で会社を後にした。これで3日連続の定時ダッシュである。人生がゲームであったら多めにポイントを貰えるところだけれど、現実世界では自分のために使える時間が増えるだけ。いやそれだけでもものすごく有り難いことなんですけれどね。そそくさと外を歩き、ゴルフスクールへ。今回で26回目。今回は前回と微妙に異なるスイングスタイルを教えられる。これ、10月あたりに教えていただいて、「こんなの変じゃん」と思って勝手にやめてしまった振り方だ。具体的にどのようなスイングの仕方かと言うと、ダウンスイングはとにかく垂直に上げる。肩をしっかり回し、左肩が右脚の上に来るのを意識する。とにかくダウンスイングは垂直に持っていく。で、そのまま余計なことは一切考えずに振り下ろす。以前このスイングの仕方を試してみたらダフってばかりで嫌気が差した。しかし、最近順調に上手くなっている手ごたえを感じている私はこれを上手く呑み込んだ。久しぶりに武士に褒められた。「もういっそ残り時間ずっとその姿勢(バックスイング)を保っており」と言われたほど。アイアンがボールにしっかりと当たり、打っててとにかく気持ちいい。(ああ、ゴルフってこんなにも心躍るものだったのね)と若干の興奮を感じながら、あっという間に50分が過ぎ去った。「一週間もしたら忘れてしまうので、一日200回はスイングの練習をしてくださいね」と武士に言われたが、たぶんやらないだろうな。次回は土曜日に行くので、それまでには覚えているだろう。早くこのスイングを体に滲みこませて、安定したスイングを保持したい。

 

 

さて、冒頭の無敵状態の話に戻る。こんなに無敵な状態が漲っているきっかけは、おそらく心の持ちようを少し変えてみたからだと推測している。以前はマイナス思考、ネガティブ感情に頭が支配されていて、失敗する前から(失敗したらどうしよう)と不安で仕方なく、常時体に無駄な力が入っていた。でも最近気づいたのだ。

 

 

「私の人生において、必要以上にネガティブに思っていることは実際には起きていない」

 

 

それに気づけたし、もう一つ、

 

 

「別に失敗しても死ぬわけでもない。いや最悪死んだ所で、そのときはそのときだ」

 

 

という考えを出来るようになった。そしたらすっと肩の荷がおりた。不必要なネガティブ感情を抱くことが馬鹿らしく思えた。すると、「もっと自分を試していこう」と思えるようになって、今まで実行する前に尻込みしていた事柄を、そこまでの苦も無く実行できるようになった。実際に実行した事実が増えていくと、心の方もまた「やれば出来るじゃん」といったことを自然考えるようになって、あとはそれが循環していくだけだ。こんな素晴らしい状態がいつまでも続くとは思っていない。どこかでまた負のループが始まってしまうことも、今までの経験上知っている。でも今無敵状態なら、不必要に未来を嘆く必要はないんじゃないかな、と思っている。当分はこの無敵状態が続きそうだし、続かせるつもりなので、人生における大きな決断をしてみるつもり。それが具体的になんなのかについての明言はここでは避けるけれど、いずれ良い報告が出来ることを確信している。

 

 

音楽が好きで好きで好きで、好きで好きで仕方がない。一日の自由な時間の殆どは音楽を聴いて過ごしている。特にロックミュージックが好きで、飽きることなく聴き続けている。歌詞に共感することもあるし、どうしようもないほど美しい歌声に聴き惚れることもあるし、かっこいい演奏に胸打たれることもある。音楽が放つ力を常に浴びていたい。音楽好きを拗らせ、大学生になってお金に余裕が出て来てからライブに行っている。CDでの音よりも、ライブでの音は生々しくて、「ずっとこんな幸せな空間にいられたらな」と何度夢想したことか。それほどまでに自分の人生の大半を音楽に捧げているわけだけれど、残念なことに音楽を語り合えるほどの友人が、知人が私にはいない。私が特殊な方向に突っ走りすぎてしまって、私の周りで生きている人々はその存在すらも認知していないことが多々ある。別にそれでいい。そもそも音楽の事を他人と話すって何だろう?「あの歌詞がいいね」「あのバンドのギターはピカイチだよ」なんてつまらない話をするのだろうか。そんな下らないことを話している時間があるんだったら一秒でも長く音楽を聴いていたい。別に誰かと共感したいために音楽を聴いていない。私はただただ、私の快楽のために音楽を聴いている。それに対してどーのこーの他人と話すのはどうも気が進まない。たまにお互いが知っている音楽があって、他人が興奮気味に「この間素晴らしいライブを観たいんだよ」と言われても、「あっ、そうですかー」くらいしか思わない。性格の根柢の所で、「別に人と深く分かりあう必要性が感じられない」という拗らせたものを飼っているので、いつまで経っても私は一人ぼっちで音楽を聴いている聴いていく。 別にそれでいいんじゃない?

 

 

昨日に引き続き、山本直樹を読む。今日は「Blue」。どの短編も読み終えた後に急に淋しくなってしまい、読んでいるのが辛くなった。これが大人になるときに感じる辛さ痛みなのですね。いつかの夢で見てしまいそうな、自分のなかにいつまでも残り続けるような作品ばかり描くものだから、なかなかあなたから離れることが出来そうにありません。性描写をじゃんじゃん使っているのにそこまでエロを感じないのが山本直樹の特徴で、安直な理由で性描写を使っていないことが分かる。ただ性描写は性描写なので、読み終わると多少はぐったりしてしまう。なので山本直樹は一日に一作品がちょうどいいようです。明日も何かしら読む予定。

 

BLUE AND OTHER SHORT PIECE増補新装版

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