眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

387日目「King Gnuが頭を離れない」

同じような作業を何度も何度も何度も何度も何度も繰り返していると、「あれ、人生がループしているんじゃないか?」という強迫観念に襲われる。昨日したことを今日もやっているような、今日やっていることを明日もやっているような。「ああ、日々がループしている」という手触りを感じると、ついにやにやしてしまう。どうせ今までの人生の中で体験してきたことと似たようなことをこれからの人生でもまた体験するのだろう、もしそうなのだとしたら未来を生きていく価値はあるのか?それ以上考えてしまうと超えてはならないラインをはみ出してしまう可能性が大きいので、すぐにどうでもいいことを考えて頭の中を中和する。本当に大切な問題から目を反らし続け、逃げながら白目の状態で走り続けることに一体どんな意味があるんだい?

 

 

やることは一応ある、というのが精神衛生上非常に宜しい。何もすることが無くて、新規客先を手当たり次第ぶつかっていけなくてはいけない状況であったら、「ああ、明日なんて来なくてもいいのに」といや~な感じが体中を埋め尽くしていく。でも今は既存客先から相談が来ているので、それをじっくりと対応していくのが今求められていることである。既存客先のフォローをしているとき、「こんなことをしていてもお金が貰えるのか」とハッとするし、新規客先へ行かなければいけないとき、「ああこれが営業か」と私が営業職に就いていたことを思い出させてくれる。曲がりなりにも私は営業、お客様の御用聞きに徹している場合じゃなくて、勿論それは大事なことなんだけれど、広大な土地に飛び込んでいく勇気、そして実際に行動していくのが大事なのである。頭では分かっている。そんなの分かっているよ。でもそれを実際に行動に移していくのはなかなかにハードルが高い。「さっさと新規客先へ行って来いよ」と上司に言われるたびに(そこまで言われたことはないけれど)、「じゃあ〇〇さんが手本を見せてくださいよ」と言ってしまいたい。もう鎧を外してしまっていいですか?あなたの気分を損ねないようにいろいろと気を遣ってきましたけれど、なんだかもうそれは無駄な所業のように思えてきました。

 

 

今日もほぼ定時に家に帰り、ネット配信で「愛していると言ってくれ」を観始める。1995年のドラマだけあって、人が古いし、べったべたな設定も「古き良き1990年代」を思い起こさせてくれる。今まで生きてきたなかでこのドラマを観る機会は何度もあったはずだけれど、するすると潜り抜けて今日まで来てしまった。急に観たくなって、再生ボタンを押したらドラマの世界に吸い込まれた。設定はべったべたなんだけれど、でもそれが心をぐらぐらと揺り動かしてくれる。榊晃次(豊川悦司)に心惹かれる水野紘子(常盤貴子)のその真っすぐさがぐっと来るし、水野紘子に対する榊晃次の対応もこれまたぐっと来る。たぶんこのドラマは、ハッピーエンドじゃないような気がしているので、震えながら続きを観ていくことにします。それにしても古いな。古いからこそ味がある、なんて懐古主義ではないのでそこがちょっと気になるぶぶんではあるけれど、それはドラマに引き込まれたらあまり気にならなくなるんだよな。

 

愛していると言ってくれ BOXセット [DVD]

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  • 出版社/メーカー: TBS
  • 発売日: 2000/10/18
  • メディア: DVD
 

 

 

明日も今の私が想像できる範囲内の未来だと思うと、なんだか生きるのが面倒になってくる。しょうもないことをし続けていると「これ、なんの意味があるの?」と子供みたいに疑問に思ってしまうことがあるけれど、いつかこの経験が未来の私を支えてくれるはずだから。なんてことは思う筈もなく、今が楽しくなければ今と地続きの未来が楽しいはずないじゃん。なので私はプライベートの時間、全力で趣味を満喫する。「ちょっと遊びすぎなんじゃないか?」と思うくらい、全力で目の前の娯楽を享受する。圧倒的楽しさを感じている間、明日の仕事の苦痛なんて微塵も感じることが無くなる。それが良いことなのか悪いことなのかは判断しづらいけれど、特に誰からも眉を顰められていないから別に今のスタイルを当分は貫いていくつもり。いや別に誰かがけげんな表情で私のことをじっと見ていたとしても「で、何?」と思うくらいだけれど。しょうもない他人の戯言に付き合っていられるほど、人生は長くない。