眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

生きているだけで肯定されたい

今の人生、誰かに肯定されるということが殆どない。大した仕事をしていないから周りの人から称賛されることもないし、無理矢理褒められることを求めるのはかっこ悪すぎる。友人関係は、そうだな、最近はみんな結婚してしまって、頻繁に会う人が本当にいない。なので私が日々生きていて誰かに肯定されるということはないのだけれど、だけれども、肯定されたいなと思うこれは何だ。

 

 

音楽を聴いているとき、別にメッセージ性のあることを歌ってはいないのだけれど、そのメロディとその歌詞、演奏と歌声で「なんでか知らないけれど今の私が肯定された」と思うことがたまにある。それはほんの一瞬の出来事で、気付いたときにはその余韻すらも消え去っている。

 

 

本を読んでいるとき、単なる背景描写に過ぎないのだけれど「今の私のままで突き進んでいってもいいよね」と思える瞬間がある。なんでか知らんけど。

 

 

生きてて、誰かに真正面から肯定されるような人生は送れていないけれど、それでも別にいいんじゃないかな、肯定を求めるのは贅沢かな。でももしこんな不器用な私にも恋人が出来たら、そのときは些細な言動でもいいから肯定してほしいな、と思った。私も恋人の事を全力で肯定したい。こんなことを書いているということは、そろそろ恋人が欲しくなっているということなのでしょう。