眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

20200102

私の価値観をひっくり返してしまうほど、衝撃的な漫画を昨日の夜からずっと読んでいた。山本直樹という漫画家が描いた漫画である。その漫画家の存在はうっすらと認識はしていたけれど、性描写が織り込まれているのでずっと敬遠してきた。でもどこかのブログで大変絶賛されていて、正月で時間を持て余していることもあって、試しに「ありがとう」を読んでみた。今まで漫画に対して持っていたイメージがばりばりと破壊され、自分が新たな境地へたどり着くような心地になっていた。これは家族の話であり、同時に仕事や宗教やいじめの話である。そんな何度も使いまわされた題材を扱いながら、山本直樹は異常なまでのグルーヴで話を描き進めていく。コマ割りや背景の描き方、他にもいろいろと高度な技を使っているのだろうけれど、素人の私にはどこをどうしたらあれほどまでに引き付けられる漫画を描けるのか知らない。特に序盤はずっと読んでて苦しくて、父が帰ってきた後の何とも言えない緊迫感に圧倒されて、冬なのに汗をだらだら流しながら漫画に釘付けになった。こんなことがあって許されるのか、ということを山本直樹はえんえんと描き続けていく。その世界に私は夢中になって、深夜になっても一人だけ電気をつけてこんこんと読み続けた。最初が異常すぎたので、そのあとは比較的穏やかな気持ちで読み進められたけれど、登場人物の殆どが異常で、読んでて疲れてしまうぶぶんがあった。それでもなんとか最後まで読み進められたのは鈴木貴子という唯一のまともな人間が存在していたからだ。この漫画を読み終わったあと、私は暫く放心状態に陥っていて、お腹が空いていることもすっかり忘れて先ほど読んだ物語を反芻していた。とてつもない漫画だ。今まで私が読んできた漫画はいったい何だったのか、と思うくらいに格が違いすぎた。天才、というのは山本直樹のような人間を形容するために存在しているのだろう。「ありがとう」の余韻が凄すぎて、今日は漫画を読むくらいしか能のない人間だった。続いて「フラグメンツ」を読んでみているが、「ありがとう」を越えるほどの作品ではなさそうである。今年の1月は徹底的に山本直樹を読み進めていく所存。はああ、年の始まりからこんな凄まじい漫画家に出会えたのは、幸せなのかそれとも......。

 

ありがとう(1) (ビッグコミックス)

ありがとう(1) (ビッグコミックス)

 
ありがとう(2) (ビッグコミックス)

ありがとう(2) (ビッグコミックス)

 
ありがとう(3) (ビッグコミックス)

ありがとう(3) (ビッグコミックス)

 
ありがとう(4) (ビッグコミックス)

ありがとう(4) (ビッグコミックス)

 

 

 

昨日は25時過ぎまで上記の漫画を読んでいたので、今日の朝は11時過ぎにようやく起床。そのあとはずっと漫画を読んでいた。そろそろ仕事の事について考え始めなければいけないな、と頭のほんのいちぶぶんで思うのだけれど、(まだ今日も含めて4日間もあるから、そんなに焦ることはないんじゃないの)と悠長に構えてしまう自分の方が勝ってしまい、今日も自堕落な生活を送ってしまった。一度も家から出ることなく、布団の中でぬくぬくしていると、大学生の時の呑気な生活をついつい思い出してしまう。

 

 

漫画を読むのに疲れると、ばたんと布団の上に倒れ込み、そっと目蓋を閉じる。先ほどまで読んでいた物語の事を考えていると、うとうとしていた身体がすっと睡眠の世界へと転がり込んでしまう。しばしの午睡。起きると外はすっかり暗くなっていて、倦怠が体中を覆っているのに気づかないふりをする。年末にはしゃいだ疲れがまだ抜けきっていないのだ、休みはあと3日間あるんだから......えっ、私に残された休みはあとそれだけしかないのか?ふと現実に戻る。あと4回の夜を乗り越えたら、また退屈で下らない日常に戻されてしまうのかよ。でも、今こうやってのんびりしながら読書が出来るのは、そういう下らない現実で頑張っているご褒美みたいなものであるからなあ。楽しいことばかり享受していられないのがこの現実ってものなのですよ。でもこんなにもぐうたらした生活を送ってしまうと、現実に復帰するのがだいぶんに辛くなるのは目に見えているではありませんか!だったらもう少しその苦しみを軽減するために出来たことがあったでしょうに、具体的にどのようなことをしていればよかったのかについてはここに記すことはしません。

 

 

澄みきったリンゴジュースを渇ききった喉に一息に入れて、体中に安らぎが満ち満ちていくこの感覚をいつまでも忘れないでいたいものである。