眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

繰り返される諸行無常

いつも同じようなことを繰り返し繰り返し書き付けている。まるでお経を唱えるお坊さんのように、同じことを何度も唱え続ければいつか己の身に功徳が積まれるのではないか、といったような考えは微塵もない。自分の目の前に横たわっているのは同じような日々の連続。日常とは退屈の連続、それを幸せと比喩表現する方々も存在しているのは認知している。ただ私には今繰り返されている日々が少々セピア色の、時代遅れのフィルムのように思えてしまう。映画と言えば特に好んで見てしまうのがSF、それも日常から格別に乖離しているほうが望ましい。私は同じようなことしか起きない現状に飽き飽きしている。突拍子もないこと、それはもちろん正の要素を含んでいるようなことが突然起きてしまったら、私は歓喜のあまり涙を流してしまうに違いない。大抵の人は日常に飽き飽きして、でもそれを変幻させるようなアクションを起こせぬまま、爾来、平凡な人生を送りましたとさ。そんなことばかり繰り返される人間といういきものの文化が発展していくのもそろそろ頭打ちされるだろう、それまでに私は自分の性格を変化させることなく、短いかもしれぬ生涯が尽きてしまうかもしれない。と指の動くまま頭を一切回転させずに綴った文章が、この下らぬ鼻にもかからないような文章が、いつか人類を救うことを信じている。