眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

297日目「まだ誰もあの空の向こう側を知らない」

月曜日からずっと眠くて参っている。原因は分かっている。お盆休みで疲れ切った身体がまだ癒えていないことと、ついつい夜更かしをしてしまうせいだ。昨日だってジムに行かないで、家でのんびりしていればよかったのかもしれない。しかし、毎週火曜日はジムに行ってヨガとエアロバイクをすることを習慣にしてしまってせいで、それらをしないとどうにも落ち着きがなくなってしまう私になってしまった。早いうちに体を全回復したいけれど、今日は水曜日なのでゴルフのレッスン、木曜日はジム、金曜日は大学時代の先輩とご飯を食べる予定があるので、当分は眠気がおさまらないことだろう。

 


不安である。勤務時間中、他の人たちはもくもくと仕事をしているか意味のないことを話しているかしている横で、私はすることがなく仕事をしているふりでお茶を濁しているから。どうせ先輩からは「あいつ何でサボっているんだよ。ふざけんな」と思われて評価もだだ下がりしていることであろう。ああ、なんでこんなことになってしまったのであろうか。私が積極性を持って仕事に取り組まなかったからか。名古屋に来て5カ月が経とうとしているのに、未だに緊張してしまって先輩とうまくコミュニケーションを取れていないせいだろうか。私はそんなつもりないのに、気付いたらずるずると駄目な状況を引きずってしまったせいで今こんな状況。転職云々じゃなくて、とりあえず今のこの居心地の悪い状況をどうにかしないと。こんな優しい職場でこんな感じなら、厳しいところに行ったらさぞかしメンタルやられることでしょう。

 

 

久しぶりに先輩と客先へ行った。その道中、「そういえば課長が新規の話を持ち掛けてこなくてぶーぶー言ってたよ」と先輩に言われた。そうだったのか、あんな感じだったのに課長は私が新規の話をするのを待っててくれていたのか。こんな状況になるんだったら完璧じゃなくてもいいから「この会社に飛び込んでみたいんですけれど」という一言でさえも課長に行っておけばよかった。遅くない。今からでも十分間に合う。明日、絶対に課長に言う。もうこの宙ぶらりんな状況から脱したいんだ。

 

 

定時に会社を出て、今週も水曜日のゴルフ。今回でいよいよ10回目。ぎりぎりについたせいで、先生から指導を受ける順番が一番遅くて、その間前回のことを思い出しながらひたすらボールを打っていました。20分経ってようやく先生が来て、試しにボールを打ってみる。

 

「大分フォームが定まってきたね」

(そうですよね。自分でもすごく手ごたえがあって、打ってて気持ちいいんですよ)

「これからはまっすぐ打てるようにしていこう。一つ一つ、丁寧にやっていこう」

 

ということで、今までのことを振り返りながら、フォームを整えていきました。気を付けることは、ボールが右に行くようであれば、ボールを打つときに左手をしっかりと止めること。反対にボールが左に行くようであれば、腰をしっかりと回すようにすること。他に注意すべきことは、

 

・クラブを一番上に持ってきたとき、クラブが床と水平になっているようにする(クラブが縦になっているとダフリの原因になるため)

・腰をしっかりと回し終えてから、クラブを振る

 

といったところでしょうか。だいぶボールが安定して打てるようになったので、近いうちに打ちっぱなしに行きたいところです。コースデビューまであと一か月を切ってしまっているので、早急に打てるようにならなければ。

 

 

結構前から読んでいた町屋良平「愛が嫌い」をようやく読み終えた。この作品が町屋良平の最新作なんだけれど、書きたいことが明確にあることがすごく伝わって来て、作家デビューした頃よりも文章が読みやすい印象を受けた。読みやすい、っていうのも町屋良平の作品を何作も読んだからの慣れかもしれないですけれど、今までの作品に比べて空想から現実への解像度が非常に高くなっていて、読み終えた後のカタルシスが尋常じゃない。最新作で刺激的な作品を送り出してもらえると、次の作品が待ちきれないくらいに楽しみになってくる。今年中は無理かな。できれば来年の前半くらいに出していただければ。

 

「ていうかはたらけよ。大人なんだから」

椚くんは内心、止めどない思考からはなれてそんな下らないことをいえて、ホッとした。あたりまえのやり取りをあたりまえにいえる口の運動に、なつかしさと安心をおぼえる。残酷でも思いやりがなくても、あらたな認識に出会わないだけでだいぶやすらいだ。みんながおもうようなことをそのままおもって、それを口にのぼらせるのは、すごく平和なことだ。

 

「しずけさ」p51

 

 

 滝沢は結婚間近の恋人がいるわりに、おもしろがって山梨の婚活話を聞いていて、山梨は気楽だった。ひとの繋がりに期待せざるをえない性質上、「婚活中で」と場に合わせて宣言するのが婚活の第一歩なのだが、山梨はいわゆる「婚活」をしているつもりはなかった。ただいろんな人間の純なる「意見」「人生や文化への感想」が聞けるならいまのうちだとおもっていた。守るべきものがある人間は会話も守備的傾向があり、おなじ立場でないと話せないことがおおかった。婚姻なら婚姻、子持ちなら子持ち、単独なら単独、それぞれの磁場が会話に発生してしまい、婚姻には想定を遥かに超える歴史と法が絡み合っていて、想像力がまったく及ばない、つよい権力が蔓延っている。そうした神仏の国家独特の婚姻宗教というものがあって、その磁場がすごくややこしい。

 ようするに「婚活中」というと、基本的にまったく用立たない「アドバイス」をされることがおおかった。それはある種の戒律で、そうしたひとはみな婚姻原理主義なのだと、山梨は思っている。

 

「生きるからだ」p223

 

 

10,540歩

 

愛が嫌い

愛が嫌い