眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2021年1月3日(日)

夜遅くに寝たせいだろう、今日も起きたのはお昼だった。こんな調子だと、明日も朝に起きられないような気がしていて、ちょっとだけ震えている。新年早々、遅刻だなんて洒落にならないよ......。下に降りて、朝昼兼用としてたらこマヨパスタを食べる。今年初めてのパスタも、相変わらず大好きなたらこマヨで。お腹が空いていたのであっという間に平らげてしまって、さてどうしたものか、まだ13時過ぎ、たくさんの自由な時間が私の目の前で広がっている。ふと映画が観たくなって、Netflixで配信されている「BOOKSMART」(2019)を観る。去年、映画館で公開されているときからずっと気になっていた作品。卒業まで勉強だけしてきた二人の真面目な女の子、遊んでばかりいたと思っていた周りの連中はちゃっかり勉強していていい大学に入る。何それ、許せないんですけど、ということで卒業パーティーではっちゃけるために奮闘するのだが......、という簡単な話。思っていたよりも馬鹿っぽい話、でもちゃんと最後まで飽きさせないように工夫されていたし、海外の卒業パーティーはこんな感じなんだろうかとちょっぴり勉強になったし、何より主演の2人の演技が素晴らしかったので、新年一発目に観てよかったと思える作品でした。今年はたくさんの映画を観る年にしたい。

 

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「BOOKSMART(2019)」(☆☆☆)

 

映画を観終わると、次は読書をしたくなって、読みかけの吉田篤弘「なにごともなく、晴天。」を読む。優しい世界、優しい文章で、ついつい読み進めているとあっという間に時間が過ぎてしまっていて、夜になっていた。考えるのが面倒だったので夕飯もたらこマヨパスタを食べて、USG2020「LIVE(in the)HOUSE -Count Down Style-」の再び見る。これで3回目だけれど、見れば見るほど「Patrick Vegee」の虜になるし、トークも面白いし、なによりおまけのライブの選曲が素晴らしくて、ずっと見ていたくなる。お願いだから、円盤にしてください。

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配信ライブを観終えて、24時過ぎ、まだ眠気はやって来ていなかった。明日は新年の挨拶をしないといけないので普段よりも早めに出勤したほうがいいかなと思っているので、そろそろ寝ないといけないけれど、全くと言っていいほど眠気が来ない。お昼に読書をしているときにうとうとしてしまって、1時間ほど寝てしまったのも効いているのだろう。どうしよう、どうしたらいいのだろう。ただ、こういう時に焦れば焦るほど眠りから遠ざかっていくのは経験上知っているので、そ知らぬふりをして過ごす。本でも読んでいれば眠気が来るだろう。ふと目についた最果タヒ「コンプレックス・プリズム」を読み進める。彼女のエッセイは読んでいると自分の鈍感さを思い知らされると同時に、こんな敏感に反応する人がいるということ、それを意識して普段の行動を心掛けないといけないな、と思う。今日は読んでいても全然眠くならないで、26時を過ぎてしまった。どうしよう、明日起きられないかもしれない、という不安でまた眠気から遠ざかっていく。もうこれは寝るのを諦めて本でも読んでおけ、ということなのだろう。と開き直って、先日購入した横尾忠則「言葉を離れる」を読み始める。インパクトのある表紙に惹かれて思わず購入してしまったが、中身は想像していたものと違った。もっと軽いエッセイみたいなものだと思っていたが、名前を聞いたことのないような昔の人の考えを挙げて、「今の自分は読書をしてこなかったから創り上げられたのだ」ということを淡々と書いていて、「読書をしない人生も、読書をする人生と同じくらいの価値がある。読書ばかりしていたら活字だけの知識だけで芯のない人間になってしまう」なんてことをつらつら考えていた。ちょっとだけ難しく、それがうまく作用してくれたおかげか、20分ほど読んでいたら眠気がすーっと訪れて、そのままの心地で布団に潜り込んで目を瞑ったらすーっと眠りに包まれていった。

文章に触発されて文章を書いている

4日連続でお酒を飲んでいて、それはあまり喜ばしくないことなのだろうけれど、今の私はお酒を飲むことでその前の時間を区切るようにしている。家にいるときの私は人と交流することのない、自分の好きなものだけをだらだらと楽しんでいる人間で、そうした生活を送っていると時間の区切りというものがなく、だらだらから抜け出すのが容易ではない。そういうときにはそのままだらだらを続けるか、一度睡眠を挟んでしまうかするのだが、ここ数日はお酒を飲んで区切っている。缶ビール一本で顔が真っ赤になってしまう低燃費の私は、兄に貰ったお酒を飲み、「相変わらず苦いな」と顔を顰めながらぐびぐびとお酒を飲み、その日の体調が悪いとそのまま顔が火照ってぼおっとして寝てしまうことがある、それは期待していなかったことなのだけれど、そういうこともあるよね人生だから、と安易に結論付けてしまうのも楽しいと思っている。

 

 

私の文章は一人称や語尾が頻繁に変わる、それは確固とした自分を持っていない証であり、それは子供の時から変わらない、誇りを持っていいと思えるぶぶんである。中学生の時に塾に通っていて、そこに通った理由は兄も通っていたというものだけれど、そこに3年生のときに入った私は数名しかいない他の塾生と馴染めなくて、それが嫌である辞めたい、と塾長に申し出た。「寂しくなったらこれを読んでみなさい」と塾長に渡されたのは星新一ショートショートで、既に星新一は通り過ぎた身としては面映ゆい気持ちになったが、それはそれでそういう思い出があった、ということで今でも心の底に沈殿している。晴れて第一希望の高校に進学することが決まり、「最後だから」と塾生と先生とで塾近くのお寿司屋に行き、好きなだけお寿司を食べた。なんでも食べていい、ということだったので、普段は食べない一貫で100円するお寿司を乱発した、それは中学生の私にとっては大いなる贅沢であった。

 

 

土曜日の夜、「プルーストを読む生活」という読書日記を読んでこの文章を書こうと思って、だらだらと脈絡もなく文章を書くというのは極上の愉悦で、それが興に乗るとどれだけ楽しい本を読んでいるときよりも楽しい気持ちが強くなって、このままずっと文章を書き続けられればいいのに、と切に願う。そういった瞬間は最近の私にはなく、毎日文章を書くと決めたことによって文章の幅が狭まった、それはどうにも面白くないのでどこかで打破したいのだがそれはどうしたら打破できるのかまでは真剣に考えていない、忙しくない日々に安易に埋没している私は文章を書くことに対して改めて真剣に考えなければいけない局面に立ち向かっているような気がしている。このブログを始めた当初は毎日更新するつもりはなくて、何かしら思うことがあったときに書くという感じであったが、途中から、「毎日続けたい」という我の強い私が姿を現して、1年以上毎日更新している。正直、1ヶ月ほど文章を書かずにいられればどれほど安穏とした暮らしが手に入るだろう、と思っているが、一度始めてしまったことはなかなかやめることは出来ず、今日も凝りもしないでよく分からない文書をつらつらと書いている。誰も読んでいないことを考えて好き勝手書いているが、もしだれかがこの文章を読んでいたら、それはそれで愉快な気持ちになる。例えば今住んでいるところから遠く離れた場所に住んでいる人がこれを読んでいて、「こんなことを考える人間もいるのだな」と思っているとしたらそれはどれだけ面白いことなのでしょうか。

 

 

2月に開催予定である同期の結婚式は断った。メールで欠席の旨を伝えるのは失礼だろうと、夜11時に電話をしたら彼が電話に出た。「おめえが電話を掛けてくるなんて珍しいでねえか、どした?」と言っているが、どうして私が電話を掛けたかの想像はついていただろう。新型コロナの感染が広がっていて、とてもじゃないけれど結婚式には出られないよ、ということをオブラートに包んで報告したら、「そうか、ちゃんと電話で伝えるってえのはいいな。しょうがねえ、こればっかしはしょうがねえな」と言い、2分で電話が終わった。彼によると結婚式はこのまま強行突破するとのこと。愛知県でも緊急事態宣言が発令されたが、去年の4月ほど深刻な感じはないので、そのまま開催するだろう。同期の彼の結婚式で知り合いの結婚式は一区切りつく、兄の結婚式が7月か10月にあるがそれまでにコロナが落ち着いてはいないだろうけれど、なので結婚式はもう私にとっては縁のないイベントになるだろう。自分自身の結婚式は多分今のままが継続されたら開催されない、うっかりしているとこのまま一人で生きていくことが確定路線になってしまいそうで、それはそれで一つの選択肢なのだけれど、それはちょっと寂しいというか、些細なことでも話し合えるような、結婚相手というよりもこの人生を一緒に生きていくパートナーというものが身近にいてくれたらどれほど頼もしいのだろうか、でもそのようなパートナーが出来るような努力を私はしていなくて、暇な時間は本を読んでいるかドラマを観ているか、一向に外に出て人間と交流をしようとしないからまだまだ一人の時間が続きそうであった。

 

 

お酒はまだ飲み切れていない。

2021年1月2日(土)

anond.hatelabo.jp

 

新年早々眠れない夜で、仕方ないので上記の文章を読んでいた。読んでいて、急に恋愛というものをしたくなった私は、26時過ぎ、暫く起動していなかったマッチングアプリを開いた。昔々にいいねを送った人からメッセージが届いていた、2人も。メッセージを読むためには有料会員にならないといけなくて、なかなか踏ん切りのつかない私は他のマッチングアプリを試していることにした。そのマッチングアプリは女性もお金を払わないとメッセージを送れないもので、そちらの方が女性の婚活に対する本気度は高いように思えた。しばらくそのアプリを触ってみたが、こちらの方が今まで使っていたアプリよりも「ちゃんとした人」が多い印象を受けた。プロフィールの写真ではきちんと顔が分かる写真を掲載しており、自己紹介文も丁寧に書かれており、こちらのアプリの方で女性を探したほうがいいような気がした。でも今まで使っていたアプリにはいいねがたくさん溜まっているのでそれを放棄するのは勿体ないし。2つ使うことにするか、結婚相談所を使うよりもよっぽど安いし。そもそも、私は本当に恋愛を、結婚をしたいのだろうか。周りが殆ど結婚してしまったから、無意味に焦っているだけではないか。隣から物音が聴こえなくなったし、27時も過ぎてしまい、頭がマトモに回らなくなったので、部屋の電気を消して眠ることにした。明日こそは早い時間に起きたかったので、9時にアラームをセットしておいた。

 

 

翌日、アラームが鳴って目を覚ました。目は開いているが、意識はまだまだ眠りにどっぷりと浸かっていて、ちょっとだけ、もうちょっとだけ寝ていたい......、と思いちょっとだけのつもりで目を瞑ったらぐっすり眠ってしまっていた。親の声が上から降ってきた12時、私はたんと睡眠を摂取していた。今日はもう半分が終わってしまっていた。もうこの長期休暇に期待することは何もないので、特に悔しい思いはしなかった。お昼ご飯に味噌煮込みうどんを食べて、家族と新聞に掲載されているクロスワードパズルに興じていると16時を過ぎていた。当初の予定では1月3日まで実家にいる予定だったが、これ以上実家にいてもすることがないし、これ以上だらだらしているとマトモな人間に戻れなくなる気がして、17時過ぎに重たい腰を上げて家を出た。

 

 

新幹線に乗る前に「Epi-ciel」で塩パンを買って、18時台の新幹線に乗る。最初の方は本を読んだり音楽を聴いたりしていたが、眠気が襲ってきたので、眠気と戯れていたら眠ってしまっていた。ふと起きると熱海を過ぎていて、お腹が空いていたけれどの水分を摂取するだけに留めておいた。あっという間に東京駅へ着いて、そこからえっちらおっちら電車を乗り継いで、家の最寄り駅へ着いた。時間も時間なので人は疎らで、見覚えのある景色にホッとした。やっと東京へ帰ってこれたことを嬉しく思う。

 

 

家に帰り、のんびりと一人の時間を満喫する、非常に幸せな時間。

 

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明日はまだ休みなので、今日はまだのんびりしていたい。夕飯に先ほど買った塩パンを食べて、まだ足りなくてお菓子などを頬張っていた。図書館で借りた本を読んだり、録画しておいた番組を観たり、音楽を聴いていたらあっという間に24時を過ぎてしまっていた。1日の前半に寝すぎたので全然眠くなかった、もうちょっと起きていて、眠くなったら寝ることにしよう。下は寒いのでロフトに上がり、実家から持ってきた「ジョジョリオン」を本棚に並べて、その惚れ惚れとする景色を眺めていた。ふと読みたくなって、最果タヒ「コンプレックス・プリズム」を読み始める。感受性豊かな彼女の、ありのままの文章を読んでいると自分がどれだけ鈍感ないきものであったか思い知らされる。ただセンチメンタル過ぎる彼女は生きるのが大変だっただろう、と思っていたら眠気が訪問してくれたので、そっと本を閉じて電気を消して目を瞑ったら、苦労することなく眠りの世界へと落ちていった。

今更ながら「鬼滅の刃」に夢中になっている

先日までドラマに夢中だったが、ここ数日は漫画ばかり読んでいる。「鬼滅の刃」はアニメは全部観ていたので、無限列車編の前までは内容を知っていたけれど、無限列車編以降からぐっと内容が面白くなって、ページを捲る手が止まらない。もちろん無限列車編前の話も好きなのだけれど、強い鬼が出て来て、それを倒すために柱が出てくるのが最高にたまらない。「NARUTO」が好きだったので、どんどん強い奴が出てくる漫画が好きで、でもそれだけではない魅力を「鬼滅の刃」は持っている。「なんでこんなグロい漫画が人気あるのだろうか」と不思議だったが、漫画をきちんと読み進めていくと魅力みたいなものがたくさん見つかり、そりゃ人気も出るよね、と感心した。炭治郎の、鬼に対しても優しい気持ちで接しているぶぶんを読んでいると泣きそうになるし、悪役である鬼にも鬼にならざるをえなかった理由があり、そのぶぶんを読んでさらに泣きそうになる。漫画は完結していて、既に半分を読んでしまった。これからどれくらい面白くなっていくのか楽しみで仕方がない。この休日で読み終えて、また初めから読み返そうかな。食わず嫌いをしていると人生、損をしてしまいますね。

 

鬼滅の刃 12 (ジャンプコミックスDIGITAL)

鬼滅の刃 12 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

2021年1月1日(金)

年が明け、特に見たい番組もなかったので早々にリビングから撤退し、自室に籠り、特にしたいこともなかったので早々に電気を消したが、睡眠のとり過ぎですぐに眠ることは出来なかった。二、三の空想を経てようやく眠りに就く。朝は8時に目を覚まし、まだ眠気が身体中に残っていたので、「元日から慌てることはない」と自分に言い聞かせ、再び目を瞑るとすぐに眠ってしまい、次に起きたのが11時過ぎ。いつものパターンじゃないか、と項垂れながらリビングへと向かう。朝食だか昼食だか分からないが、お雑煮とおせちを食べ、年末に録画しておいた番組をだらだら見ていると14時過ぎになってしまう。昼食を待ち構えていた家族の元へコッペパンにイチゴとクリームを挟んだものが届けられる。お腹は空いていないが、せっかくだからと2個も食べてしまうとお腹が完全に膨れてしまい、意識が遠い遠いところへ行ってしまい、何もしたくない気分になってしまい、そのままリビングでだらだらとしていたら夜になってしまっていた。なんて切ない元日なのだろうか。

 

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「芸能人格付けチェック」を見ながら、さらにだらだらを増していく。このままじゃ駄目だ、このままこの状態が続くと駄目な人間になってしまうと分かっているの、体がなかなか言うことを聞いてくれなかった。

 

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上記のことをだらだら書いて、昨日のぶんのことを書けていなかったので今更ながら書いて、今日のぶんも書いたら22時を過ぎてしまっていた。2021年の元日があっけなく終わってしまう、と悲しくなりながら、でもどうしたら悲しさが減るのだろうかと考えてみても、打開策が思いつかなかった。

 

 

今日は家から一歩も出ることなく、(何かしたい、何かしなければ)と焦燥感に駆られながらも、結局こんな夜の時間まで何もすることが出来ずにしまったし、このままじゃ私の人生は何もしないまま終わってしまうのではないか、と不安で胸がいっぱいになる。どうしたらいいのか、誰かがこっそり教えてくれるのか、自分で道を切り開いていくものなのか。

なんだかんだでライブに行けている

昨年の11月25日に下記のエントリーを書いた。

 

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このエントリーを書いた時よりも新型コロナの感染状況は悪化しているし、延期・中止になっているイベントも多くあるが、「なんだかんだ」で開催されているイベントもある。ライブハウスは飲食店の括りに入るのだろう、先日発令された緊急事態宣言の「飲食店の営業は午後8時までを要請する」旨のことを守っているライブが多く、ただ午後8時までの営業となると遅くても午後6時には開演しないといけない。なんとか食っていくため、多くのライブの開演時間が前倒しになっていて、延期や中止になることが以前(昨年の4,5月)に比べて減っているような気がする。大型のイベント(ホールやアリーナクラス)や有名どころのアーティストのライブは中止になり、逆に小規模なイベントやマイナーなアーティストはライブを決行しているように見受けられる。それの是非について書きたいことはあるけれど、それはまた別の話なので割愛する。こんな事態だけれどライブをしてくれるアーティスト、こんな事態だからこそライブをしないアーティスト、どちらも苦渋の考えの末の判断だということは痛いほど伝わってくるし、音楽が好きな者にとってはまだまだ厳しい1年になりそうだな、というのが現在の考えである。去年のことを鑑みると、暑くなったら少しは感染状況がマシになって、イベントがしやすい環境になるのではないか、多分5月以降に徐々にイベントが出来るようになってくるのではないかと予測している。ただそれは今までのようなライブ、例えば密集した状況でのライブは難しいだろうし、また多くの人が集まるフェスも開催が難しいだろう。東京に来て楽しみにしていたフェスに行けないこと、またこんな状況だから海外アーティストも来日しづらいことを考えると非常にもどかしいけれど、昨年の3月~8月の、ライブが全く出来ない状況よりはマシになっている、状況は少しづつ良くなっている、と思って日々をやっていくしかない。

2020年12月31日(木)

「この高揚感は誰にも奪えない」

 

今日こそは早起きすると心に決めて、前日の夜は25時に部屋の灯りを消した。眠気が少しだけあったから、この調子だと10分くらいで眠れるだろうと気安く考えていた。隣から漏れてくるテレビの音が思った以上に大きくて、それが気になって仕方がなく、イヤホンをそっと耳に押し込んだ。山中さわお、東京初期衝動、髭と聴き込んでいくとどんどんと眠気はなくなっていき、気づけば26時30分。隣から後は漏れ聞こえなくなっていたが、私の眠気もなくなってしまった。どうしたものか。今年も24時間を切ってしまっていて、なのにこんなにも切ない時間が流れてしまうのはどうにも不甲斐なかった。本を読めば眠くなれるだろうか。普段あまりすすんで読もうとしない海外文学なんかに取り組めばいいだろうか。どうしたらいいだろう。最終的に私が選んだのは文章を書くことで、取り留めのないことをだらだらと書き綴っていた。少ししたら眠くなり始めて、この勢いのまま目を瞑ったら朝が来た。8時だった。もうちょっと寝ていたかった、寝たら11時過ぎで、いつも通り過ぎて笑えてしまいそうだった。今日こそは、今日こそは外に出るぞという気持ちでいっぱいだったが、いざ一日が始まるとだらだらしたい欲がぐんと強まって、一向に外に出る気配がなくなってしまった。こんなもので一日が終わってしまうのか、そもそもこんなぐだぐだな感じで大晦日が終わってしまうことがなによりも寂しい。どうしたものか、どうしたらいいのか。そんなことをだらだら考えていたら夕方になってしまっていて、勢いをつけて外に出て、スーパーへ行った。近所のスーパーは年始の3が日が休みなので、牛乳を買い込んでおかなければならなかった。牛乳を4本と、他にいくつかの食品を買って、家へと帰った。あと6時間で2020年が終わろうとしていた。

 

 

晦日の夕飯は勿論巻き寿司で、でも大晦日に実家で過ごすのはとても久しぶりだったので、感慨深い巻き寿司となった。家族4人揃って大晦日を迎えるのは多分今年が最後だろう、兄はパートナーと過ごすだろうし、私は東京で何かしらをしているからだ。お腹いっぱい巻き寿司を食べて、満足したお腹をさすりながら紅白歌合戦を見ていた。

 

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紅白歌合戦を見たり、他の番組を見ているとようやく今日で2020年が終わってしまうことを実感させられた。いろいろとあった、あり過ぎた2020年が終わろうとしているのは非常に感慨深くて、何だか涙が溢れそうになったが、こんなことで泣いていたらこれからたくさん泣いてしまいそうなので、すんでのところで堪えることが出来た。年越しそばを食べ、22時15分からUSG2020 「LIVE(in the)HOUSE -Count Down Style-」を観る。そして年を越した。2021年になった感じがあまりしなくて、だからまだ10日間くらいは2020年でいるような気分を引きずることになるのだろう。兎にも角にも、2021年は落ち着いた年になりますように。

こだわり抜かれた傑作

社用のスマホの調子が良くない。3年前に支給されたスマホで、仕事で使う以外は使っていないはずなのに、ここ半年は言うことをなかなか聞いてくれず、指示した動作を行うのに数分かかってしまう。スマホには寿命というものがあって、それは多分2年くらいなのだろう。大学3年生のときに就活で使うから、という名目で使い始めたスマホは2年でおかしくなって買い替えた。そのあとに使い始めたスマホも2年使っておかしくなって、そのあとに買い替えたスマホも2年で......。2年で寿命が来てしまう割には値段が高すぎるように感じられる。うまいことすれば安く買えるのだろうけれど、そういったことには疎いので、どうしても下手くそな方法でしかスマホを買えない。今使っている私用のスマホは2年と半年使っていて、そろそろ買い替えないといけないと思っている。一番駄目なのはバッテリーの持ちで、100%から使い始めているのに、ちょっと触っただけですぐに30%くらいになってしまう。バッテリーを交換すれば済む話なのか、もっと深いところがやられているので買い替えたほうがいいのか。スマホ事情に詳しい兄に話を聞いてみたが、今は安いスマホが出回っていないので買い替え時ではないとのこと。どうしたものか。別にスマホがスムーズに使えなくなって非常に困っているわけではない、四六時中誰かと繋がっていたいわけではないし、出先で動画を楽しみたいわけでもない。ならばこのまま、すっかり使えなくなるまで使い続けてやってみるのも一興かもしれない、と思っている今日この頃。

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 一人暮らしを始めた時に買ったテレビとHDDはまだまだ現役で、衰えることを知らない。テレビは東芝、HDDはパナソニックで、かれこれ5年ほど使っているがへこたれたことはなく、長時間の使用にも悲鳴をあげることはない。生活で頻繁に使用するものは高価で良質なものを揃えているようにしている、安物買いの銭失いほど虚しい金の使い方はないと思っている。実家のテレビは13年使っているから、さすがにへこたれることが多く、白い画面を上手く映し出すことが出来ない。観ていて目がチカチカするので買い替えたほうがよいのでは、と親に進言してみるが、「なかなか踏ん切りがつかない」とのこと。確かにここまで使い込んでいたら愛着が湧いてしまって容易に手放し難いのだろう。私もそれくらい電化製品を使い込んでみたいものだ。ちなみに一人暮らしの家で使っている炊飯器と電子レンジは去年、東京に再度引っ越すことになったときに買ったものなのでまだまだ新品である。同棲する予定はないので、当分は同じものを長い間使うことになるだろう。これからも丁寧に使うので、長く持ってくれよ。

2020年12月30日(水)

「誰の声も もう今じゃ届かないスイッチを入れます
まぶたを閉じるように簡単な事なのです」

 

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お酒なんて飲むんじゃなかった。だらだらとよふかしをするんじゃなかった。今日も起きたのが12時過ぎ、ああ、せっかく朝飯に焼き立てのパンにバターを塗りたくって頬張ろうと思っていたのに、その夢は潰えてしまった。リビングに行くと既に兄は外出しておらず、母と姉もそろそろ祖母の家に行くということだった。朝昼兼用に鮭のおにぎりとホットドッグ3個が用意されていて、そこまでお腹が空いていないので、一度自室に戻る。今日も特にすることはなく、ああ、こんな自堕落な生活を送ることになるならばもうちょっと計画をしておけばよかった。と思うと同時に、年末年始くらいは何も考えずのんびり過ごしてもいいんじゃないか、と一瞬だけ思った。いや、普段から何も考えないでのんびりしているのだから、せっかく9日間も休暇があるのだから、ボスレベルの本でも読んでしまえばよかったのに。「三体」だっていまだに手を付けられていないのだし。ああ、実家に帰ってごろごろすることは果たして正解だったのか、今の私にはよく分かりません。少しして母と姉が外出したので、家で一人きりになった。一人きりだと家は不気味なくらい静かで、無音の状態でいるのがちょっとだけ怖くなって、リビングで『岸辺露伴は動かない』の第1話「富豪村」と第2話「くしゃがら」を観る。普段の役柄とは違い、強めに声を出す高橋一生岸辺露伴を上手く演じれていたかどうかは定かではないが、話自体が面白いので、飽きることなく2話続けて観た。久しぶりにテレビをしっかりと観たせいで、目が疲れて、頭も疲れて、眠気も相俟って、ちょっとだけ横たわろう、目を瞑ろう......、としたら1時間ほど眠ってしまっていた。私の体はどれだけ眠れば気が済むのだろう。

 

 

そのあとは「ゴッドタン 芸人マジ歌選手権」を観て見事に時間を無駄にして、疲れたので自室に戻りのんびりとしていたら家族が全員帰宅した。19時過ぎ、「第62回 輝く!日本レコード大賞」を眺めながら夕飯としてしゃぶしゃぶを食べていた。しゃぶしゃぶ用の豚肉があまりにも美味しくて、加えて鍋を彩る葱や水菜、茸なども素晴らしく美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまったのは御愛嬌。こんなことをしているからちっとも痩せないんだよ。昨日に続いて今日も一日中家に引きこもっていて、明日には外に出て散歩をしたいのだけれど、そんな体力が今の私に残っているだろうか。

 

 

自室に戻って、書けていなかったぶんの文章を書いていて、ふと地元の友達が今頃宅飲みしていることに想いを馳せた。それぞれが所帯を持ちながら、日常生活の合間を縫って集まって、旧交を温めているのだろう。私だって行って皆と語り合いたかったが、どうしてもコロナが怖かったので誘いを断った。この行動は何も間違っていないし、いずれこのような行動を積み重ねていったことに対して誇りを持つことになるだろう。街を歩いていると新型コロナに対して緩んでいる人を見かけることが多く、そりゃ感染者数は減らないわ、年明け早々に東京での新型コロナの感染者数は1,000人を超えてしまうだろうな、東京だけでも緊急事態宣言が出てしまうだろうか、そうなったら社内で完全に在宅勤務になる人が多くなって、頼みごともスムーズに処理されないだろうな、だるいな、でもそれくらいしないと緩んだ人の意識は変わらないだろうな、とだらだら考えていた。今日だって缶ビールをぐびぐびしてやりたかったが、流石に大晦日までだらだらしているのは罰が当たりそうだったので、お酒は一滴も飲みませんでした。明日もお酒は我慢します。

 

 

折角東京から持ってきた「バグダードフランケンシュタイン」を読むこともなく、明日もネットをだらだらと徘徊して一日が終わるのだろうか。いや、2020年という実体のないような年の最後の日にそんな情けない一日を送りたくないから、ちょっとは自分を高められるような、生産的なことをしよう。ちょっとだけでも運動するでもいいし、ちょっとだけでも読書をするでもいいし、ネットを見る時間を減らして思索に耽るのもいいだろう。ここ数日していた「何も生み出さないこと」をしている時間を出来る限り減らし、少しでも未来の自分に繋がるような行動が取れればいいな、そんなことは難しいかな。今の時間は2020年12月30日の23時54分、24時30分までに寝てしまいたい。眠気はそこまでないけれど、無理矢理寝て、明日使うであろう体力を回復しておかなければ。来年こそは、もうちょっと建設的な休日を過ごせるように気をつけないといけないですね。

これはすごくいい すごくいいんだ

生きてる、生きてるって感じがする

 

分からなかった いつからこんな感じがしていたのか

 

ひとりで黙々と積み上げていた積木は 今では無駄になってしまった

 

誰かが置いていった本を いつまででも羨ましそうに見ていた

 

泣いて腫れてしまった顔を 僕が慰めてあげよう

 

笑った顔に思いっきりパンチをかましてやるよ

 

なんだってできる 今の僕にはなんだってできるさ

 

忘れかけていた約束を 今ちょうど思い出しているところ

 

全ては今日 この日のためにあったのかもね

 

いいんだ これはすごくいい

 

君には分からないかもしれないけれど 本当にいいんだ

 

誰かに分かってもらえなくていい 僕だけが分かっていればいい

 

いつまでもここに立っているつもりはないから 飽きたらここを離れるね

 

またいつか会えるかな 会えたらそれは素敵なことだね

 

どうせいつかは忘れてしまうから どうか今日だけは思い出していてほしいな

2020年12月29日(火)

「どうか幸せなご加護がありますように!
本編に間に合わなくても 焦らず次の回へ!」

 

inyou.hatenablog.com

 

昨日の夜はなかなか眠れなくて、上記のブログを読みながら、山中さわおの音楽を聴きながら自分を慰めていた。ようやく寝て、こんな遅い時間に寝たのだから起きるのは12時頃だろうと思っていたが、8時に目を覚ました。もうちょっと寝た方がいいんじゃないか、とうっかりした頭でぼおっとしていたら寝てしまっていて、次に起きたのが12時でした、めでたしめでたし。

 

 

地元に帰って5日も経てば、「地元に帰って来たぞ」という興奮もすっかり冷め切ってしまい、ただただ「まだ休暇が続くのか......」と呆然としている。ライブがないのにこんなにも長い休日は要らない、会社に出て仕事をするからお金をくれ、と無造作に思ってしまうほど、今日も暇を持て余していた。一日中家にいて、でも一日中家にいてもイベントが発生することはなく、最近はTwitterを見る時間を減らしていたのに、だらだらしているとついTwitterを見ていて、その時間が本当に無駄だな、と思えてくる。有益な情報がそんなところに転がっている筈がないし、無駄に神経を逆撫でしてくるような文章を読んでいると、(一体何しているんだろう)と悲しくなってくる。くるけれど、本を読むだとか、映画を観るだとかいった体力がない、集中力がないので、だらだらとTwitterを見ていた。私は駄目駄目な人間に成り下がってしまい、自己肯定感がみるみる減っていく、そのことを後悔をしている。事前に計画を立てて、その通りに生活していればこんな悲しいことを考えなくて済んだのに。でもそんな計画を立てたところで、年末年始という、人を駄目にしてしまうような時期に計画を守れるなんて思ってもいません。29歳になってもなお私は私に対して甘々過ぎ、それに対して本気で怒ってくれるような大切な存在が身近にいなかったことは不幸である。けれど、それを自覚しているだけまだましだろう、明日からでも遅くない、明日からちゃんとした生活を送ればいいではないか......、と思っていたが、夜に缶ビールを飲んでしまい、全てがどうでもよくなってしまった。私はお酒との相性が良くない。圧倒的にお酒の方が優位で、飲むとちょっとだけあった自尊心や自分を止めるブレーキがなくなってしまい、普段はしない馬鹿なことを平気でやってのけてしまう。そして次の日は体が怠くて昼まで寝てしまうので、お酒には近づいていけない。非日常のときにちょっとだけ飲むのはいいかもしれないけれど、日常的に常習するのは本当に良くない。そう分かっているから、明日以降は一切飲みません。重い思いをして実家から東京へと持ち帰った缶ビール、どうしようかな。

 

 

家族が昼寝をするなか、パソコンでこつこつと作業をしていたので昼寝をすることもなく、気付けば夕飯の時間。今日は唐揚げ、大きな生海老、そして茹でたロブスターという、さすが年末年始だからこその贅沢を尽くした夕飯でした。それを食べ終えて自室に戻り、山中さわおの音楽を聴きながらぼおっとしているとなんだか気分が良くなってしまい、そこで軽い気持ちで缶ビールを飲んでしまったので、そのあとは正直、大したことが出来ませんでした。お酒に弱い体質なので、缶ビールを一本飲むだけでべろべろになってしまい、まともな思考を保てなくなってしまう私は、だから今日も火照った顔が元に戻るまでずっと馬鹿なことをしてしまい、ちょっと素面に戻ってからお酒を飲んだことを後悔しました。こんなことになってしまうくらいであれば最初からお酒なんて飲まなければいいのに、お酒を飲んで良かったことが今まであっただろうか。そんなことを考えていて、ちょっと虚しい思考を引き摺りながら、さっさと寝てしまうのも癪だったので、26時過ぎまでだらだらとネットを眺めていたら家族は皆寝てしまっていて、静まり返って家で、寂しさと虚しさを抱えながらようやく眠りに就く決心がつきました。明日はまともな一日が送れますように......。 

世間から隔絶していた

この3連休、テレビやネットでニュースを見ることなく、ひたすら趣味に埋没していた。韓国ドラマやアニメをひたすら摂取する生活は痛快で、ずっとこの時間が続けばいいのにとすら願っていた。たまに通過する「将来に対する不安」は気にしないようにして、目の前のコンテンツを消費していた。そうしていると部屋の外部で行われていること、例えばコロナのこととかそういうことに対する興味が希薄になり、自分からすすんで情報を収集しようとしなかった。外に出る必要のない人間であればそれでいいんだけれど、引き籠れたとしてもせいぜい休みの間だけで、平日になったら出社するために外に出なければならない。ある程度の情報は武器として持っておかなければならない。ただ、今の職場では同僚と仕事以外のことを話す場面がないので、正直必要ないものなのかもしれない。3日間自分の世界で好きなだけやっていた私には外で騒がれているコロナなんてものはどうでもよくて、韓国ドラマの続きが気になって仕方がなかった。明日は在宅勤務なので、まだ現実に戻る必要がないのが少しだけ救いである。

2020年12月28日(月)

「おそらく君が真ん中な世界とかがあって
それはきっと誰だって見れないから信じらんなくて
重ねられない今日と明日もこの手で描けるのなら」

 

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深夜に酒なんか飲んでいたくせに、寝る寸前まで顔が赤かったくせに、寝るとすぐに眠りに就いてしまった。あれほどまでに寝たのに、私にはまだまだ眠りたい欲望があって、それはこの長期休暇の間に尽きることはないだろう。たくさんの夢を見たあとに、陽の光を感じて起き出した。またたくさん寝てしまったと残念に思いながら時計を見ると10時で、なるほど確かにたくさん寝てしまったけれど昨日に比べて1時間早く起きられたことはちょっとだけ賞賛に値するだろう。起きたところで何かしたいわけではないので、のんびりと時間を過ごしていく。地元に帰ってきた喜びというものはもう薄れてしまい、ただ目の前には生活が横たわっている。そうなってようやく馬鹿みたいに嬉しくなることはなくなり、いつも通りの自分を取り戻すことが出来る。しょうもないことに敏感に反応することもなくなり、目の前の出来事、より遠くの事象をじっくりと見据えることが出来る。そうなってからのほうが生きやすいと分かっているのに、何事も初めの頃は嬉しくて、衝動だけで生きている時期があって、でもその時期を経るからこそなんとか私は生を繋いでいるのかもしれない。

 

 

朝ご飯は家族がコンビニで買ってきたおにぎりと、あとは漬物とかパンを食べていたらそれなりにお腹が膨れていた。母と姉は今日、祖母の家に行って大掃除の手伝いをする。私も久しぶりに祖母の顔が見たいので行きたかったが、万が一のことがあったら怖いので、「行きたい」とは言えなかった。2人が家を出て、兄もどこかへ行ってしまうと、静かな家で一人、本を読んでいた。4日前くらいから読んでいた増田みず子の「小説」という小説を読んで、ようやく読み終わった。完全なる私小説で、自分には小説を書く才能というものがないと思っていたが、とある人に認められて、それからなんとか小説を書くようになった、という感じで、終始あまり明るい小説ではなかったが、老年を生きる小説家の気合というものが感じられた。まだ小説を書きたいそうなので、これから彼女がどんな小説を書いてくれるのか気になるし、機会があれば今まで書いてきた小説を是非とも読んでみたい気分になった。

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今日のお昼ご飯は久しぶりではないけれど、「からみそラーメンふくろう」で食べようと決めていた。今年最後のラーメンは、ここのからめそラーメンで締めようと思っていた。昼の部の営業時間ぎりぎりに行ったのに、外に5人くらいの人が並んでいて、改めてその人気ぶりを思い知った。 20分ほど待って、15時過ぎに入店。そこからちょっと待って、ようやく今年最後のラーメンである「からみそラーメン(850円)」が届く。いつもは大盛りにしているが、大盛りを食べるとその日の夕飯が入らなくなるので、断腸の思いで普通盛りにした。まずはスープを啜る。熱くて、味噌がこれでもかと凝縮されているスープを飲んでいると、まるで熱々の温泉に浸かっているときのような安心感に包まれる。麺を啜り、今年最後のラーメンをここにして良かったと心から思えた。一心不乱に麺を啜り、スープを啜り、チャーシューを食べ、また麺を啜る。最高の食事の時間だった。私が最後の客になっていた。「御馳走様でした」と伝えると、「ありがとうございます。来年は1月4日から営業しております」と店員さんが言った。もう当分はここのラーメンを食べられないのか、と思うと寂しい気分になるが、東京で新しい、美味しい店を見つけようとここに誓う。

 

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家に帰ってから、満腹のお腹をさすりながら、特に何かをするでもなくのんびりと時間を過ごしていく。急いで何かをする必要もない、せいぜい大晦日に上げる文章をそろそろ書かないといけないな、と思うくらいで、私を悩ませるようなことはひとつもなかった。夕飯はかっぱ寿司で、家でのんびりと食べた。100円の寿司でもこれだけレベルが高いのは本当に嬉しい、私の東京の家の近所にも100円寿司があればいいのに、と思いながら11貫をあっという間に平らげてしまう。そのあとも何をするでもなく、リビングでだらだらし、それが飽きると自室に戻って音楽を聴く。今日は山中さわおの音楽が聴きたい気分で、今年リリースされた音源を片っ端から聴いていた。特に「Nonocular violet」がお気に入りで、その中に収録されている「ノスタルジア」を聴いていると今年一年の事が思い出されて、ちょっとだけセンチメンタルな気分になる。the pillowsでの活動はなかったが、ソロでたくさん作品を出してくれたので満足しかない。ライブに行けなかったのが残念だけれど、来年のライブのチケットがなんとか取れれば、今の彼の歌を存分に堪能したいなと思う。25時を過ぎ、26時も過ぎて、家族はすっかり寝静まってしまったが、眠れない私はただただ山中さわおの音楽を聴いて、心を癒すばかりだった。今年も残すところあと3日、特にやり残したことはございません。

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「安達としまむら」に癒される

人といることはほんの少し苦痛を伴う
理解できないこと、面倒なこと、関係のこじれに伴う修復、解体への労力
だけどそうした負の面の隙間に幸せは転がっている
子供のときになくした小さなボールをふと見つけるように
安達と出会ったことがよりよい未来、そのものであると信じたい

安達としまむら」2話より

 

観ていてほっと和むようなアニメである。特別なことが起こるわけでない。ただ、当たり前の存在だと思っていた「友達」がかけがえのない存在だったことに気付く、その過程がこの上なく愛おしい。安達がしまむらに対して向ける愛情、そこには恥じらいが生じるのだけれど、それが画面越しに観ている私にも狂おしく映って、「ああ、いつまでもこんな日常を眺めていたい」と思える空間になっている。誰も傷つかない、誰も傷つけない「優しい世界」がいつまでも続いて欲しいと願うような、そんな素晴らしい作品です。

 

2020年12月27日(日)

「君にたどり着くまで後どれくらいかかるんだろう
私は、ごめん、ふわふわ わがままだな」

 

年末年始なんてあっという間に過ぎてしまう。「あっ」と言う間に過ぎてしまうのに、私はだらだらと睡眠を貪っていた。この1週間で私の体はだいぶ疲弊してしまったのか、そもそも普段の疲れが休みの時に癒されていなかったのか。ぐったりとした体を何度も右へ左へ移動させながら、ようやく起きたのが11時過ぎ。1日の半分が終わろうとしているのに、そこまで焦ることもなく、黙々と目の前に置いてあるパンを食べていた。兄が買ってきたという、「365日」のパンはとびきり美味しくて、ずっと美味しいものを食べていたい気分で揺蕩っていた。駅前で買った塩パンも食べて満足した私は、再び自室に戻り、布団に包まりながら小説を読んでいた。読み始めてちょっとしたらまた眠気が襲ってきて、別に起きていなければならないような理由もなかったので、本を閉じてうとうとしていたらまた眠りに落ちていた。

 

 

次に起きるのが16時過ぎなのだが、この間にたくさんの夢を見た。物覚えが悪いせいか、どんな夢を見ていたのかはさっぱり覚えていない。ぐったりとした体で再び起き出し、眠気はもう無くなっていた、テレビでは有馬記念が流れていた。それを横目に見ながら、私は特に真剣に考えるようなこともなかったので、ぼおっとしていた。去年の今頃は「新年の仕事の、車の運転はどうしたものか」とやきもきしていたが、今の私にはそんなストレスは存在せず、ただ(こんな楽な状況がいつまでも続いていいのだろうか)とぼんやり考える位で、悩みなんてなかった。なかったと言い切ってしまうのは簡単だけれど、ちょっとした悩み事、例えばそろそろ結婚したほうがいいのではないか、でも自分としては一生共に過ごしたいと思うような相手に出会っていないのに、先に「結婚がしたい」と考えるのは本末転倒なのではないか、ということをだらだらと考える位で、それもたまにちょっと考える位、普段はあまり意識のしないことだった。身近にいる既婚者のことを考えると、(自分もそろそろ......)と考えさせられるが、一人でいる時間が長いとそんなことはあまり考えなく、ただ目の前の娯楽に没入するだけであった。

 

 

そんな緩い感じで過ぎていくのが年の瀬というものだろう、と自分に言い聞かせている。ここでだらだらせず、自己研鑽に必死になれば他と差がつくだろうけれど、だらだらとした仕事をしていると自分を高めたいという欲望が芽生えにくく、ただただ、「好きなことを好きなだけしていたい」という欲望で包まれる。今の私はただただ読書をしていたい、あらゆるジャンルの本をたくさん読んでいきたい、でも読むスピードは遅いし、集中力もそこまでないので、一冊の本を読むのに何日も費やすことになった。最近は「小説」という小説を読んでいて、同じことを何度も何度も、まるで自分に言い聞かせるように書いているのが印象的な小説で、今まで出会ってこなかった類の小説なのでそこそこ夢中になっている。最初の方は家族との不和が描かれていて、それが鮮明な描写で描かれるので読むのが辛かったが、後半では著者の小説との向き合い方が訥々と語られて、それは読んでいて非常に愉快な気分になるものだった。読みやすい文章なのですいすいと読み進められるが、同じ内容が繰り返し書かれているので途中で飽きて、他ごとを考えていたら本を読む気が失せていて、気付いたら本を閉じていた。

 

 

夜は家族揃って焼肉を食べた。まずは牛肉で、一人暮らしをしているときにじゅうじゅうと焼いている肉を食べることはないので、新鮮な気持ちでお肉を食べることが出来た。お肉と一緒に焼いている野菜もそれはもう美味しくて、茸も一緒に焼いていたので、夕飯の時間は非常に愉快な気分だった。後半は豚肉と鶏肉が投下されて、牛肉をたくさん食べたのでお腹がいっぱいだったが、まだまだ夢中になってお肉を食べていたらお腹が膨らんで、もうこれ以上は食べられない、という限界のところまで来て、夕飯は終わった。焼肉ということでビールを用意していたが、ビールを飲んだらそれだけでお腹が膨れてしまうので、結局はお茶をちびちび飲みながらでの夕飯となった。夕飯を食べ終えて、テレビで流れている「全日本フィギュア」女子のフリーを眺めていた。スポーツというものに殆ど関心のない私は、お茶の間のテレビでフィギュアが流れていても興味を示さなかったが、最近はどうしてかスポーツを観るのも吝かではないと思っていて、昨日に続いて夢中になっていてフィギュアを観ていた。完璧ではないからこそ、人間くささ溢れる演技は観ている人を魅了するのだろうし、それは私にとっても同じことだった。「紀平」「紀平」と家族が嬉しそうに話していたので、私も注目して彼女の演技を観ていたが、それはもう素晴らしい演技であった。素人目にも「良く出来た」と立ち上がって拍手したくなるような演技で、2022年の北京オリンピックでも素晴らしい演技が披露されることをついつい期待してしまった。それまでにコロナが落ち着いてくれていればいいけれど。まずは来年の東京オリンピックだよな......。

 

 

湯船に浸かってじっくりと体を温めてから、自室に戻って一昨日からのことをたどたどしく思い出しながら書いている。私の記憶はさほど優れたものではないので、その日のことはその日のうちに書いてしまったほうがいいのだけれど、「別に書きたくない」日に文章を書いていても面白い文章が書けるわけでもない、文章を書いている時間がただただ苦痛なので、(文章を書きたいかも)と思った瞬間に溜まった分も合わせて文章を書いているのが最近の癖である。実家の自室の、本棚に並べられている本のなかにはまだ1ページも読んでいない本があって、それはいったいいつ読まれるのだろうか。それは私が決めることなのであれこれと悩むのは時間の無駄だろう、買ったんだから一度は読まないとその本に恨まれそうで、だから読書の波が来ている今のうちに一気に読んでしまいたいのだけれど、私に残された時間は長いようで実は短くて、その大半は睡眠に消費されてしまうので、人生は思うように進んでいかないことを思い知らされるのである。

 

 

24時30分ごろには寝てしまいたい、明日こそは外に出て適度な運動を取らなければ、と軽い焦りが生じていた。寝れるかな、寝れるだろ。