眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年10月9日(金)

「僕は僕のために そう例えば僕はそう だから 君のために君はいるんだよ」

 

平日、一日の中心が仕事になっているのが嫌で仕方ない。仕事が楽しかったり充実を感じていたら仕事中心な平日に嫌悪は覚えないのだけれど、今の私は無の心で仕事をしている。性格の悪いことに巻き込まれないのは幸いであるが、なにもなさすぎるというものもなかなかに堪えるものである、ということをこの7カ月で実感した。営業は営業で辛いけれど、経理経理で辛いものがあるのです。

 


ということで、忙しさは過ぎ去ってしまったので、コツコツと書類整理をしていた。この忙しい時期に山のように積もった書類を整理するのはなかなか骨が折れる作業で、エネルギーを消費する割には充実は一切なく、ただ無の時間が流れていた。無意味な時間を本能的に嫌悪していたのか、それとも台風が近づいていることで気圧が低下していたせいか、久しぶりに頭が痛いと感じた。頭が痛くないときは「頭が今日は痛くないな」と思うことはないのだけれど、頭痛が始まって初めて「今まで健康だったんだな」と思う。頭痛薬を飲むほどの痛みではなかったので、のんびりと時間を過ごしていた。のんびり仕事を進めていても誰も私に注意する者はいなくて、まるで石ころ帽子を被っている気分になった、私は8時間もここにいたというのにいたという実感がさらさらなかった。昨日は本をたくさん買って、そもそも最近は本を買い過ぎているので、昼は節約しようと久しぶりにカップ麺(蕎麦)とおにぎり(梅)を食べた。それが常態化しているときはなにも思わかなかったのだけれど、外食の素晴らしさを知ってしまった今はこのご飯が惨めに思えた。ただでさえ仕事をしている時間は惨めな思いをしているので、唯一の楽しみである昼休みくらいは贅沢に過ごしてもいいのかな、とか思っていた。

 


書類整理以外にすることがなかった、緊急を要するようなことはなにひとつなかったので、ただただ書類整理をしていたら日が暮れた。忙しい時の時間が流れる速度の3倍以上は時間が流れるのが遅かったので、私はなんだか悲しくなった。悲しくなって、夜だか朝だかに見た夢のことを考えていた。まだ大学の時の呪縛から逃れられていないことを示すような、切ない夢だった。合宿でどこかの旅館に泊まりに行って、男が先に旅館に着いて、「お前、〇〇が好きなら酔った勢いで抱いてしまえよ」とムードメーカーの彼が囃し立てていて、それがなんだか狂おしいほどに「青春」だった。歪んだ思い出が、今の私を圧迫し続けている。