眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年9月24日(木)

メッセンジャーフロム全世界の声が力になる
急に偉そうになりやがって それはどういうシステムなんですか?」

 

朝は目覚めがちょっとだけよろしくなかった。昨日の夜の興奮が私の疲労に繋がっていた。出来ることならお昼ごろまで、このうとうとした感じで、布団の上でぐてーーっとしていたかった、それが幸せというものなんだろうなっていうのは分かっていた。でも今日も仕事はあるので、ちょっとだけぐずってから渋々下におりて、一通りのことを済ませて家を出た。今はユニゾンのモードなので、朝は「MODE MOOD MODE」を聴いていた。久しぶりに聴いたせいか、2曲目の「Dizzy Trickster」で思わずぐっと来て、目頭が熱くなった。続く3曲目「オーケストラを観にいこう」でいよいよ私の感情が爆発してしまうのではないか、というくらいに感極まった。7枚目のアルバムは本当に素晴らしくて、それの続きが来週に聴けるなんて、未だに現実のものとして落とし込めていない。当初は7月に発売される予定だったけれど、いやいやいや7月に発売されていたら7月から今までずっと聴いてて、これからも暫くずっと聴いていただろう、そんな未来もありえたのだ。しかし私が辿ることになる未来は9月に発売される世界戦で、それはそれでまあ良かったのかもしれない。ただ、発売されるアルバムのリリースツアーが現段階では予定されていないのは寂しい。アルバムを繰り返して聴くたびの「この曲たちは一体いつ聴けるのだろうか」と慄然とした思いを抱えることになるだろう。来月から始まる着席ライブで新しいアルバムから何曲かやってくれるだろうが、新しいアルバムが素晴らしかったら(勿論素晴らしいことだろう)早く全曲をライブで聴きたくなっていることだろう。でも、そんなことを考えても今は仕方がない。ライブをやってくれるということだけでも感謝すべきことなので、というか今はライブのことはあまり考えることが出来ない、新作がどんな具合に仕上がっているのかが気になって仕方がない。一昨日から毎日1曲をちょこっとだけ披露しているけれど、それを聴くだけでも曲の完成度がすさまじいことになってきているし、斎藤さんの歌の負担も格段に上がっていることを思うと、ああ、早く聴きてえな、酒を飲んでいい感じの状態で爆音で聴きてえな、ということを電車に乗っている間考えていた。電車はちょこっとだけ空いていて、空いているところにピタッとはまった状態でそんなことを考えていた。


駅に着いてから会社に着くまでの間、風が冷たく感じられた。夏はとうの昔に過ぎ去って、秋、というよりも初冬の雰囲気が漂っていた。ジャケットを羽織らないと心許ない温度である。吸い込まれるように会社に入り、始業の鐘が鳴って、業務が始まった。催促のメールに返信はなく、もう電子上のやりとりだと逃げる余地を与えてしまうので思い切って電話をした。外出している可能性があったので事務所に電話をすると、本人が出た。先週に期限を設けていたあの件はどうなったんですか、と訊いたら恐縮した様子を見せながら「今週までには提出します」と震えた声が耳元に注がれた。信じていいのだろうか、まずは期限を守れなかったことに対して言及すべきじゃないのか、と思ったけれど、自分で期限を設けてしまったので、もうこれ以上引き延ばすことは出来ない。まあこの件は大丈夫だろう、と見越して他の業務に取り組んでいく。事務仕事は私に合っているのか、えんえんとパソコンと向き合っていてもそこまで苦には感じない。客先に先輩と同行して、面白くもない冗談に愛想笑いをしているほうが私にはよっぽどしんどい。そんな不毛な時間はもう過ごさなくてもいいのだ、と思うと今の状況が幾分かマシに思える。愛想がなく、独り言が多いコピーロボットの存在なんて本当にどうでもよくなるくらい、今の職場はぬるい、ぬるすぎる。こんな状況がいつまでも続くはずがない、今にハードモードに突入するに違いないと思っているけれど、出来ることならいつまでもこの状況が続いてくれればと願っている。午前中は取り組むべき大きな業務が一つあって、それを丁寧に丁寧にこなしていたらあっという間に時間が流れていった。昼休みになった。今日はやけにお腹が空いていたので、海鮮丼の気分だった。急いだつもりだったが、店に着いたら既に2人並んでいて、なかなか中に入る気配がなかった。でも既に海鮮丼を迎え入れるお腹に仕上がっていたので、他の店に移るつもりは毛頭なかった。10分ほど待っていたらようやく中に案内された。勿論いつも食べている海鮮丼を頼んだ。3分ほどで提供された海鮮丼を夢中になって頬張った。美味しい、この海鮮丼を食べるために会社に来ている節がある、ということを何度でも書いてやる。10分ほどの幸せな時間が終わってしまい、もうこのまま幸せな気分を抱えたまま家に帰るのが最適解だった。帰りたかった。お腹が痛くなったとか何とか言って、帰ってみるくらいの非日常は味わうべきだ。私は真面目過ぎたのだ。


会社に戻って、ユニゾンを聴きながら目を瞑って暫しの休息。あっという間に昼休みは終わって、午後のパートが始まった。午後はまあ、ぽつりぽつりと降ってくる仕事をこれまた丁寧に仕上げていった。必要以上に時間を掛けていても誰も何も言ってこない、まるで自分が透明人間にでもなってしまった気分だった。こんなことならわざわざ歌会社に行く必要はないんじゃないか。でも在宅勤務であれば海鮮丼を堪能することが困難になってしまうので、まあ通勤するのは仕方ないでしょうね。午後もするするするすると時間が過ぎ去っていった。社会人になってから時間が流れるのがものすごく早くなったけれど、歳を重ねるごとにそのスピードはより速さを増していっている。特に今年なんてコロナという隠しキャラが現れてしまったもので、3月から9月の間が一瞬過ぎて、あまり記憶が残っていない。その期間が実際に存在していたのかどうか、自信満々に「あれは実在した」と言う勇気はない。失われた半年間を取り戻すために、今更になって簿記の勉強をしているのだろう、それくらいに最近の私は簿記のことが気になって仕方がない。まるで簿記という架空の存在に片思いをしてしまっているようである。仕事をしているときでも簿記のことが常に頭の片隅に存在しているし、電車に乗っているときはどんなちっぽけな時間でもテキストを見るし、家に帰ったらテレビを見るよりも簿記のテキストを眺めているほうが充実した時間が過ごせたと思える。どうにかなってしまっているのだろうか。どうにかなってしまえ。


定時になった。今日ももそもそと退社の準備をしている人々、その中にコピーロボットの姿はなかった。彼はどこかに連れ去られてしまったのかもしれない。残業なんて所業を行うほど追い詰められていないので、のそのそと動いている群れに交じって私も会社を出た。今日も今日とてサイン本である。ネットなんてものを見ては駄目だ。単行本の時から気になっていた本にサインして売ってるよ、と言われればついつい行ってしまうのが私という人間なのです。新宿駅で降りて、東口をのそのそと歩く。紀伊国屋書店は今日も人で溢れかえっていた。お目当てのサイン本は取り置きをしていたので、無事に確保できた。柚月裕子さんの「盤上の向日葵」という本である。残念なことに上巻しかサイン本はなかったので、上巻だけを購入する。他のフロアを見回していると、佐々木敦さんのコーナーが出来ていて、既刊本にサインがなされているという大盤振る舞いだった。一冊一冊が高いのだけれど、でも、欲しいと思った時に買う、それが今の私の信条なので、散々悩んだ末に3冊の本を購入した。装丁が抜群に良いことと、中に書かれていることが興味を惹かれることだったので、この決断は間違いではない。ということで4冊のサイン本を購入、7,000円弱のお金が一瞬にして本に変わってしまった。これでいい、これでいいのだ、と雨降りしきる新宿を歩きながら自分に言い聞かせていた。

 

<購入した本> 

佐々木敦「批評王—終わりなき思考のレッスン」(サイン本)
佐々木敦「絶体絶命文芸時評」(サイン本)
佐々木敦「ニッポンの思想 」(サイン本)
柚月裕子「盤上の向日葵(上)」(サイン本)

 

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家に帰る前に親と電話をして、しんみりとしてしまった気分で家に着く。視聴出来ていなかったバラエティ番組を見て、ちょっと疲れ切った体を椅子に横たわらせた。今日はちょっと勉強をする気分になれない。親から聞いた話がずっと頭の中で反芻されていて、しんみりを越えて寂しくなっていた。私が名古屋に居続けていたらこんなに寂しい思いをせずに済んだだろうか。ふっと息を吐くとあっという間に23時を過ぎていて、このまま沈んだ気分のままで寝てしまうのはちょっと嫌だな、と思って音楽を聴いていたらちょっとだけれど元気が出た。こんなときは無理をして元気を出す必要はないんだけれど、沈んでいると鬱が襲ってきそうで怖いので、一定以上の元気は常に継続しておきたかったのだ。24時を過ぎて眠かったのでロフトに上がる。先日配信されたMONOEYESの新譜「Between the Black and Gray」を聴きながら目を瞑っていたらすっと眠りの底に落ちていった。 

 

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