眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

良好な人間関係

私の代の事務系社員は仲が悪かった。癖が強すぎる人間が多くて、いつも誰かが誰かと衝突していた。性にだらしないやつがいれば、頭の良さを鼻にかけるやつもいたり、宇宙人みたいなやつもいたりした。私は一人だけ気を許せる同期がいて、それ以外は殆ど喋ったことがないし、今更喋りたいとも思わない。それがふつうなんだろうな、と思っていたけれど、今研修を受けている子たちはみんな仲が良さそうで、私の代だけが特別に最悪だったようだ。研修生たちは一緒にご飯を食べたり、仕事中に仲良さそうにしょうもないことを話していたり、休日も遊んでいたりするそうだ。もし私に仲のいい同期がたくさんいたら、会社で理不尽な扱いを受けたときでも、(あいつに相談しよう)と思えることでちょっとは気が楽になれただろうか。私が今の職場に配属されたのが今年の3月で、コロナの影響で飲み会が中止になり始めた時期なので(飲み会が中止になるのは非常に素晴らしいことである)、同じ職場の人とアフターファイブ(死語だろうか)を共に過ごしたことがない。だから彼らに対して気を許せる瞬間はないし、職場に行くことは別に楽しいことではない。仕事は仲良しごっこではないから、しょうもないことをぺらぺら話す必要はないのでだけれど、でも、そうした話を出来る間柄を築いておくことで、仕事をしていて分からないことがあったら気軽に聞けるだろう。今は大した仕事は任されていないので、別に人に聞かなくても自分だけで解決できるからそこまで困っていないが、これから重ための仕事を任されたときに苦労するだろう。重ための仕事、いつ任されるのだろうか。今、しょうもない仕事ばかりしていて、いきなりヘビー級の仕事を任されたらそれはそれで結構しんどい。段階を踏んで仕事を任せてほしい。こんなことを書いていて空しくなってきたが、ふと小学生の頃の友達の家のことを思い出した。その子は金持ちの家に生まれ落ちたぼんぼんで、最新のゲームは常に揃っていて、自作のおもちゃで遊ぶことを強いられているような層の子供たちはこぞって彼の家に行きたがった。2階建ての一軒家である彼の家はとにかく物が多くて、文庫本が本棚に入りきらないのか、何百冊もの本が階段に沿って平積みされていた。その時は本に興味がなかったのでどんな本が置いてあるのかを気にしなかったけれど、今になってどんな本をそのような状態にしていたのかが気になる。今思い出しても膨大な量の本がそこに置いてあった。その本をきっかけに、「この本が借りたいです」と彼のお姉さんに話しかけていたら、私の未来は少しは変わっていただろうか。綺麗な女性であった。今目の前にあるのは退屈な仕事しか用意されていない職場だし、尊敬できる先輩がいない、ちょっと寂しい現状である。家に帰ったら一人なので寂しい、だから少しでも外に居る時間を長くする調整をしている。本屋に行って、たくさんの本に囲まれていると、それだけでぎゅっと誰かを抱きしめたくなるほど幸せになるし、同じように本屋に居ることに幸せを感じている人を見ると、同志を見つけたようで心強くなる。社会人サークルに入ろうか。今まで何度も入ろうと試みたけれど、怖くて入れなかった。世に存在している社会人サークルの大半は詐欺勧誘その他諸々の怪しい集団だと勝手に思っているので、一歩が踏み出せない。一度入ってみてやばそうだったらすぐに逃げ出してしまえばいいと簡単に考えられるけれど、いざその状況に置かれたら足が竦んでしまって逃げることが出来なくなるのではないか。そう思うとどうしても二の足を踏んでしまう、人間を警戒しすぎているから未だに一人で歩いているのだろうか。さようなら、仲間に囲まれて過ごすサイコーの人生よ。