眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年8月6日(木)

「誰にでもわかる 単純な答えで
誰を泣かした? 君を泣かした?
そんなことは正直どうでもいいんだ」

 

昨日は幸せな読書体験をしたので、今日も良い日になるだろうと勝手に推測した。睡眠時間はしっかり取っていたのに質のせいだろうか、ギリギリまで眠って、それでも眠くて電車の中で壁に寄り掛かりながら小休止していたら駅に着いた。会社では昨日と同じことが繰り広げられていた。昨日は体調不良で休んでいた井戸端さんが出社して、昨日は眩暈がして大変だったと私に零した。昨日のうちに出来ることはやっておいたので、今日はそこまですることはなくて、だから朝からウキウキしていた。仕事に追い立てられないというのは非常に素晴らしい状況である。のんびりと時間が流れていく、それを好ましく思った。ふと、京極夏彦のサイン本は明日あたりから出回るのだろうか、と思った。Twitterで京極氏が新刊にサインを書いている様が流れてきて、それは確か発売日が明日だった気がするから、たぶん明日か明後日にはサイン本が解き放たれるはずだ。京極氏のサイン本は一冊も持ち合わせていないし、新刊は欲しい内容の物だったので、なんとしてでもそれを手に入れたいと思っている。こういう時、名古屋にまで流通することは稀なので、東京に暮らしていることを幸せに思う。そんなことを考えていたら午前中が過ぎ去った。昼は先週の火曜日にも食べた、雲吞麺を一心不乱に啜った。普段は満員のお店だが、コロナ以後は満員にはならず、それは客である私には好ましいことであるが、店の人にとっては悩ましいことであろう(ということを先週も書いたよう気がする。いちいち確認するのも面倒なのでしないけれど)。雲吞のその、皮のぶぶんが本当に好ましくて、食べ終わった後は完全なる充足感に包まれた。もうこのまま家に帰っても良さそうなほどに心は晴れ渡っていた。梅雨が嘘だったかのように、ものすごい勢いで照り付ける太陽を疎ましく思いながら会社に戻り、お盆休みにしようと思っているゲームを眺めていた。大本命は「ツシマ」というゲームだが、確認したら出荷されるのが盆休みの最後の方なので諦めた。それでは「野球」かと思い、「プロ野球スピリット」と「パワプロ」を見てみたが、見ているうちに(本当にしたいことだろうか)と考えたら、別にそこまでしたいことではなかったことに気が付いたので、ゲームの購入は諦めた。今年の盆休みはクーラーをがんがんに回している部屋で本を読んで、それにくたびれたら韓国ドラマを観よう。あとは余裕があったら毎日、映画を観てみたい気分もある。未見の作品でもいいし、既に観たことのある作品でもう一度観たいと思える作品(「パルプ・フィクション」とか)でもいいいだろう。そんなことを考えていたら、ちょっとだけど元気が出た。

 

 

 


それで、そのままの気分で午後も過ぎていくのだろう、と思っていたら午後の初っ端から寝耳に水の出来事が発生して、全ては水泡に帰した。私のお盆休みよ、さようなら。

 

 

 

そんなわけでちょっとくたびれた気分で退社して、どこに寄ることもなく家に帰った。シャワーを浴びて、昨日と同様にチャンジャオンザライスを決めた。そのあとにだらだらとバラエティ番組を観て、満を持して、という気分ほどではないけれどウキウキしながら多和田葉子「穴あきエフの初恋祭り」を読み進めていった。彼女が紡ぎ出す物語はふわふわしている印象が強く、だからかまだその雰囲気に慣れていない私は眠くなってしまった。まだ21時なのに、これから夜を満喫していくつもりなのにとても眠くなってしまって、だから読書をいったん中断して、米津の新作を聴きながら椅子に座って目を瞑っていたら寝ていた。寝てしまった、と気付いた時には既に25時を過ぎていて、だからものすごい眠気に襲われながら歯磨きを済まし、ロフトに上がって倒れこむように布団に寝転がって、そのまま凄い勢いで眠りに就いてしまった。