眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年7月20日(月)

「できるなら 心と体を2つにわけて 君の元へ
繰り返す反実仮想は悲し虚しで離れ離れ」

 

起きなくてはいけないと分かっているのに、起きることを体が拒否していた。土日、どちらも外出していた弊害である。7時20分を過ぎ、3度目のアラームが鳴り、渋々起きる。ニュースは今日もくだらないことを垂れ流していた。フルグラを急いで食べて、家を出た。電車はまずまずの混み具合。来週あたりに感染者数が大台に乗って、緊急事態宣言が発令されて、在宅勤務をする人がぐっと増え、通勤電車の乗車率が低くなればいいのに。Go Toキャンペーンでぐだぐだやっているようなので、まあ期待は出来ないか。会社に着き、空席が殆ど見当たらなかったので、自分の席に着く。朝礼、仕事が始まって、両隣に人がいる空間が耐えられそうになかった。机には私が不在していたときに誰かが置いたくだらないもの、机の下には何かの箱がぎゅうぎゅう詰めにされていて、とてもじゃないけれど安心して仕事を進められそうになかった。「密だな」と隣に座っているおジイさんが呟いた。隣に座っているコピーロボットは必死になって書類を整理していた。これは悪夢なのではないか。そんなことを思っていたら上司が近づいてきて「ちょっと密じゃありませんか」とぼやいた。仕方ないので、誰も座っていないところを探して、周りの人に使っていいか訊いた。今日は出社しないので使っていいよ、とのこと。私も出来ることなら出社したくはなかったのに。その席で仕事を始める。その席には持ち主の物が散乱していて、ここでも落ち着いて仕事が出来そうになかった。パソコンの位置が近くて、今日だけでだいぶ視力が低下したような気がする。午前中は書類整理(相変わらず不毛な時間)としょぼい事務処理を行い、昼ご飯は室内でカップ麺(うどん)と梅のおにぎり1つを食べた。午後からも緩い時間が流れていた。書類整理はほぼほぼ終わっていたので、特にやることはなかった。茫漠とした時間が眼前に広がっていて、この場所でじっとしていることが馬鹿らしく思えた。「可能性は無限大」就職活動のとき、会社説明会でよく耳にしたフレーズだ。その言葉は仕事のことをよく知らない大学生には響くことだろう。社会人になってそこそこの年月が経って、溜息ばかりが増えてしまった私にとって、そのフレーズは空虚なものでしかない。そう感じるのは、日々雑務だけをこなして精神をすり減らしている私のような人間だけが感じるものなのだろうか。周りで働いている人は皆、自分の仕事に満足していて、充実感に満ち満ちている毎日を送っているのだろうか。他人はどうだっていい。私は仕事から生きがいや充実感を求めるのは諦めたのだ。その代わり、プライベートの時間は全身全霊を込めて趣味に没頭するし、その時間で得た喜びや哀しみは忘れたくないと思っている。......変なモードに入ってしまっていた。午後は、ええと、暇で暇で暇で、暇をうまい具合に持て余していたら定時になった。定時になったら会社を出た。誰も何も言ってこなかった。

 

 

スーパーに寄って食材を買って、夕飯はまた肉野菜炒めを作った。前回よりも美味しいもの、自分が美味しいと思えるものにしたかったので、にんにくを多めに入れた。出来たそれはただただ美味しくて、休憩を挟むことなく一気に食べ終えてしまった。こんな簡単にこんなクオリティの料理が出来るのであれば、これと類するような料理を提供するお店へわざわざ出向くこともなくなるころだろう。ただ、毎回こんな大量の料理を食べていたらさすがに身体に悪いので、次回からは食材を半分にしてみようか。

 

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食後に「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~」の10,11話を観る。最初の頃は「外れを引いたな」と思っていたドラマだが、今では日常になくてはならないような存在になりつつある。仕事を頑張ったご褒美として、このドラマを観ることを楽しみにしている。派手な演出はなく、ただ淡々と人々が日常で苦しみ、それにいかに立ち向かっていくのかを描いているのが良い。どの人物にもきちんと照明を当てて、中途半端なエピソードで終わらせないところがいい。どの人物も最後には幸せになって欲しいと願う、稀有な韓国ドラマ。でもあいつ、他のドラマで耳野郎を演じていたお前には最悪な最後が待っていることを願っている。

 

 

本を読もう、本を読もうと思ってロフトに上がったものの、込み上げてくるのは眠気で、私の体は休息を欲していたので、今日は読書は諦めて、自分の体を労わることにした。明日は望んでもいない在宅勤務。きっと無意味な一日になってしまうに違いない。