眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年7月8日(水)

「あの夏に置き去りにした想いは どこへ続く?」

 

ずっと風が強い一日だった。まるで台風が上陸しているかのように、縦横無尽に風が暴れまわっていた、雨は降ったり止んだりを繰り返していて、どうにも落ち着きがなかった。

 

 

朝、異様に眠くて参った。昨日、仕事が終わって真っすぐ家に帰らないで外食をしたから疲れてしまったせいか。軟弱な身体である。ただでさえ軟弱な身体は、ここ数カ月のステイホームで完全にふにゃふにゃになってしまった。ジムは営業を再開しているようだけれど、行く勇気はないので結局のところ運動は殆どしていない。通勤での行き帰りの歩行が唯一の運動と呼べるもので、食べるものはただひたすらに食べているので、たぶん太っていると思っていた時期と比較しても太りが増している筈。未だに体重計を購入する勇気が持てないでいる。

 

 

一日中、書類の整理をしていた。いつもだったら途中で発狂しそうになるのだけれど、今日は落ち着いた気持ちで整理をし続けることが出来た。......一体俺は何をしているんだろうな。

 

 

昼は久しぶりに、本当に久しぶりに外食をした。コロナが猛威を振るうまではよく通っていたパスタのお店に行った。人の動きはコロナ以前と比べて遜色はないのに、そのお店は満員ではなかった。前はちょっとでも遅れると入れないことがよくあったが、今日は空席が目だった。毎回頼んでいたトマトパスタを頼んだ。頼んで、のんびりして、大盛りにすることを忘れていたことに気付いた。最後にここを訪れのが3月の最終日で会ったので、大盛りという概念を忘れてしまったのだ。注文して30分して運ばれてきたそれは普通盛りだった。それでも食べたらそれなりにお腹が膨れた。夕飯は家で自分勝手にパスタを作ることが多いのだけれど、そっちのほうが幾分かましに思えた。あれだけ懇意にしていたお店だけれど、多分もう行かないような気がした。シャビシャビのトマトパスタがちょっと寂しかった。

 

 

定時で帰って、バラエティを何本か観て、「ある春の夜に」の8,9話を観た。結婚することで生じる周りの人間とのコミュニケーションの摩擦の鬱陶しさを嫌というほどに感じさせてくれる。もうあなたと付き合うつもりはない、と言ったのにしつこく付き纏い、「あいつのせいか?」と何度も言い寄ってくる男の事を鬱陶しく感じた。それと、心配しているように見せてその実、自分の人生の地位を守りたいがために娘に無理強いをする父親も鬱陶しいし、離婚したいと言っている奥さんに向かった執拗に「俺は離婚しない。医院は拡張させるぞ」と言い張る男も鬱陶しかった。このドラマに出てくる鰓粗相にしている男は全員が鬱陶しくて、いっそのこと誰かが消してもらってもかまわないのに、と恨んだ。ただそんな気持ち悪い男どもがいるからこのドラマがだらだらと続けられるわけであった、そんな邪魔な存在を排除したら5話ほどでケリがつけられる筈だ。物語はなんの捻りもないし、想像した通りに話しが進んでいくし、主要メンバーのテンションは控えめなので、観ていると非常に眠たくなってくる。早く終わらんかなーー、と思っている。ようやく半分が終わったけれど、後半戦も前半戦のように退屈に時間が流れていくような気がする。今の私には、そんな刺激の少ない、ぼーっとしていても観ていられるようなドラマが合っているような気がするのであった。

 

 

23時過ぎから池澤夏樹池澤春菜の共著である「ぜんぶ本の話」を読み始める。20数ページほど読んで、眠気に耐えられなくなって寝た。

 

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