眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年6月28日(日)

「このままずっと明日を待っても
ごめんね、きっと、君には届かないだろう
悔しいけど物語は一つだけ終わった」

 

今年一、ぐらいに眠っていた。もはや眠るために生まれてきたかのような一日だった。昨日は早い時間帯に寝たのに、ようやく起き上がることが出来たのが午前11時。軽く朝ご飯を済ませ、韓国ドラマを観ていたら急激に猛烈な眠気がやってくる。諦めて布団の上で横たわっていたら、次に目覚めたのが午後6時過ぎ。体はぐったりとしていた。平日に疲れるようなことはしていないし、昨日だって疲れそうになったらすぐに帰ったというのに。異常なまでの低気圧にやられているのだろうか。これぞ梅雨、と言いたくなるように連日、優れない天気と蒸し暑さでちょっとどうにかなってしまいそうになっている。こんなときは無邪気に外出するのではなく、家で空調をしっかりと効かせ、のんびりとしているのが良いのだ。こんなときにわざわざ外に出て、蒸し暑い空間、人がたくさん犇めきあっているところにいくのはなんとも無為なことである。最近はまたコロナの新規感染者数が増えてきているので、7月に3桁に到達するのも時間の問題である、街はすっかり日常を取り戻しているように見受けられるが、それはそういう風にしたい人たちが仕組んだ虚飾の日常であり、本当は4月の頃と何ら変わることのない、いやその時よりも事態は深刻さを増しているのかもしれない。こんなときに平生と変わらず、昼ご飯を食べに外へ行ってしまう人と同じ空間で仕事をするのはちょっと嫌だな......、と思ってしまうのが正直なところである。

 

 

ほぼ一日中眠っていたいせいで、変な夢をやけに解像度の高い画質で観てしまい、ちょっと慄いている。観た夢の一つに、昔住んでいた家に家族で暮らしている、でも家にあるものが少しずつおかしい、例えば商品のロゴが本物と比べて若干変な形をしていたりとか、そんなことを発見していき、もしかしたら私たちは死んでしまったのではないか、という結論に達する。昔の家にいる前の記憶がどうも曖昧で、多分だけれど大雨の降りしきる中、車を走らせていた、それがもしかしたら事故に遭って、死ぬ間際の夢として今これを観ているのではないか、というのが皆の見解。外はどうなっているのだろうか、と扉を開けたら仲の悪かった同級生がサッカーボールを持って扉の前に立っていた、どうも私はその子と遊ぶ約束をしていたらしい、そのまま何の疑問を持たないで遊んでいるのだけれど、どうにも私の調子が良くて、それもこの今生きている世界は夢なのではないか、ということを確信させる一つのきっかけになる、そして......といった奇妙な夢をその後も矢継ぎ早に、昔の映画館のように何本も同時上映をしているような、そんなものだから起きた頃にはすっかり疲れ果てている自分がいた。

 

 

睡眠に一日が支配されてしまった一日、ようやく「椿の花咲く頃」を観終わる。17~20話を、途中で睡眠を挟みながらようやく観終わったわけですが、最後の方はちょっとどうなんだろう、綺麗な最後にしたいがために問題のあったぶぶんがいい具合に解決していくのがちょっと嘘くさく感じられました。20話という長尺のドラマなのに、飽きるところが殆ど無いような優れたドラマだったので、最後までそのペースで突き抜けて欲しかった。結局のところ、このドラマを陰のぶぶんを担っていた殺人鬼「ジョーカー」のところも中途半端、今までさんざん煽っていたくせにその終わり方かよ......、とちょっとげんなりしてしまいました。違和感のない脚本で、演者も素晴らしい演技をする人が多くて、毎話楽しく観ていただけに、最後の最後での失速がどうにも受け付けませんでした。本当に残念で仕方ありません。

 

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「椿の花咲く頃」(☆☆☆)

 

24時を30分も過ぎたのに、一向に眠気が訪れない。明日から仕事だというのに、この状態をどうすることも出来ない自分に嫌気が差している。こんな状況になる前に、何か対策を打つことが出来たのではなかったのか、何かあったはずだ、でも私はそんなことをしないで、ただ楽な方へ楽な方へと流されていただけのお気楽な人間なのです。明日の朝、起きれるかな......。