眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

一人は繰り返される

気付くと寝てて、起きたら起きた。体が疲れていた。午後9時過ぎ。3時間ほど寝てた。寝てもまだ寝足りなくて、心が弱っていた。

 

 

たくさんの刺激物を絶え間なく摂取することで、どうしようもなく寂しい気持ちに蓋をしていたようだ。今何もしていない、ただ布団の上に寝転がってぼーっとしている状態で、不意に寂しさがこみ上げてくる。私は東京に来て、ずっと一人であったという事実を噛みしめている。最近はどうでもいいことに躍起になって、それに夢中になって、忘れていた。今急に思い出した。

 

 

東京に来てから新しい友達は出来なかった。社会人サークルに入る勇気がなかったし、仕事帰りに飲み屋へふらっと立ち寄るほどの勇気もなかった。仕事が終わったら寄り道することは稀で、いつもまっすぐ帰っていた。本を読んで、テレビを見て、音楽を聴いたら寝る時間になっていた。そんな日々を繰り返していたらあっという間に時間が過ぎていた。私はいつまで経っても、圧倒的に一人だった。

 

 

面倒な知人が出来るくらいだったら、別に一人でいたって構いやしない。しかし、知人の結婚ラッシュが地味に効いていたのだろう。結婚、そして子供を手にした知人は、人生の次なるステージに行っているような気がした。私だけ一人、同じところに立ち止まっている気がした。焦った。でも何から手を付けたらいいのか分からなくて、余計に焦った。焦った末、焦っていないふりをした。韓国ドラマを鬼のように観続けて、虚構の世界に逃げ込んだ。自分の人生の事を考えないように徹底して趣味を満喫した。でも今日、趣味に没頭できなくなって、気付いたら寝てて、だいぶ疲れている自分がいた。一人で明日も生きていくのだろう、と考えたら胸をかきむしりたいほどの感情がどっと押し寄せて来て、どうしたものだろうかと途方に暮れている。今の時代、結婚しないのもスタンダードになってきている。結婚しないからといって誰かに罵られるわけでもない。幸い、親は私のプライベートについて口を挟んでくるようなことはしない、ただライブの行き過ぎと本の買いすぎだけは憂慮していた(前者はコロナのせいでなくなってしまった、現状)。人からどうこう言われるのは別にいい。私がどう思うのか、それが重要である。一人でも難なく暮らしていける、むしろ誰かと一緒に暮らしていくのは億劫である、と感じるほうの人間だった。それはある程度は合っていて、殆ど間違っていた。このコロナの状況で人が恋しくなっているのか、それともずっと前から人恋しい、寂しさが駄々漏れしているくせにそれを上手く表現できない人間であったのか。どちらだとしても、私は今、信頼できるような人間が出来たらいいのに、と思う。こんな時代だからこそ、密に連絡を取り合って、お互いを支えあえるような存在が出来たらいいのに。

 

 

圧倒的に一人を感じる夜である。