眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年6月21日(日)

「他の誰も知らない方が君の秘密基地になれるし
「他人事だから呑気ね」って 呑気でいられちゃう場所があるのがとても
こちらも貴重でございます」

 

呑気に休日を過ごしたいのに、それを許してくれない心の声。先日、大学生の部活の同期から今度結婚式をするんだ、よかったら来てくれないか?という連絡が来た。うすうすそういう話は聞いていたけれど、そうか、そうだよな、結婚か......と一人考えていた。非常に喜ばしい。で、自分はどうなんだ?という自問自答が始まってすぐに苦しくなった。私には結婚を考える相手などいない、そもそも東京に来てから新しい人間関係を構築していない、それをコロナのせいにしてしまうのは簡単かもしれない。今流行りのZoom合コンなんてものを使えばこんな時代でも新しい人と出会えるかもしれない。でもそこで出会ったところで、実際に会えるのかどうかという問題がある。今は以前ほどはコロナの感染者数は出ていないと暗に訴えかけてくる毎日の報道、でも本当にそれを信じてもいいのか。今日も街に繰り出したが、活気というか、そういった意識と言うものがコロナ以前に戻っていた。また感染者数が3桁を記録するのは時間の問題である、それをきちんと発表してくれればの話だが。そんなわけで今新しい人と出会ったところで、そこからより懇意になっていくのは難しくないか、というのが現状の自分の意見。コロナが落ち着いてから動き出せばいい、と思うけれど、じゃあいつになったらコロナが落ち着くんだい?1年やそこらで終息するとは到底考えられない。終息を待っていたら40歳になってしまう可能性だってある。ならば無理やりにでも「新しい生活様式」に則り、恋人を作っていくのが良いんじゃないか、ということも考えたりした。でも、今の私には恋人を作るというモチベーションが殆ど無い。一人の生活慣れてしまって、すごく居心地が良いものだから、ずっとこのまま一人でもいいんじゃないかとか思っている。それでも別にいいだろ、昔のように誰しもが結婚を強要される世界、結婚していないと変人扱いされる世界ではないはずだから。でもまだ結婚していない人間に対する偏見みたいなものは残っているぶぶんはあって、それは自分だって抱いていることであったりする。結婚とその人の価値は何の関連性もないだろ、なんなんだよ、この世間で生きていくためには結婚していないとまともに取り扱ってくれないのか?そんなことは誰にも言われたことないし、でも結婚したほうが世間体は未だによろしいようです。今から面倒な手続きを済ませて恋人を作るくらいだったら、家で韓国ドラマを観たり本を読んだり、行きたいところに一人で行ったほうが有意義じゃないか。という意見の方が私の中では圧倒的優位性を持っているので、同期が結婚するからって焦るんじゃないぞ。と自分に言い聞かせていたりするんだけれど、本当は、本当のところは自分の弱みを打ち明けられるような、楽しい瞬間を一緒に過ごせるような恋人が欲しいと思っているのも事実。一人が楽だなんてそれは恋人を作るのが面倒だから考え着いた言い訳であって、本当は隣に、安心できるような相手がいてほしいな、と切に思ったんですけれど、そんな相手は自分からどんどこどんどこ努力していかないと見つからない。そんな努力を今の、だるだるなメンタルの私に出来るか、出来る訳ない、そういう風に決めつけるのは良くない、まずはマッチングアプリを起動させることから......自分を成長させてくれるような事柄を面倒と一蹴して楽に逃げてしまうこの性格をどうにかすることからだな、これからのことは。

 

 

上記のようなことを最近はうだうだ考えていて、そんなことを考えている時間が長いとどうしても精神が落ち込んでくる。今日は中途半端に早い時間に起きて、習慣でテレビをつけて、「刑務所のルールブック」を2話観ていた。最初の頃は「なんだか辛気臭いドラマだな」と思っていたけれど、今はこのドラマをずっと観ていたい。他のドラマは精神的に訴えかけてくるぶぶん(生死とか恋愛とか)がちょっときつくて、このドラマで扱っている題材が今の私にはちょうどよかった。それは人を信じることであったり、自分との闘いであったりして、他人事ではないような気がしていた。1話につき1時間30分は 未だに長いなと思うけれど、このドラマを観ていることで救われているぶぶんがあるので、あと3回で終わってしまうのは非常に寂しい。

 

 

昼にサラダを食べて、ちょっとうだうだして、昨日外に出たから今日は出なくてもいいんだけれど、不要不急の外出なんだけれど、ちょっと精神的に陰りがあったので思い切って外に出た。天気はあまりよろこばしくないものであったが、なんとか一日持ちこたえてくれた。昨日も行った新宿西口の本屋に懲りずに行った。東口は人の往来が激しいので東口の本屋に行くのには勇気が必要になってくるけれど、西口は東口に比べて落ち着いている気がする、それはビジネスビルがたくさん立っており、商業施設に乏しいからではないかと思っている。昨日も巡ったところを一頻り回って、昨日は購入するのを躊躇していた「三体」をようやく購入した。あわせて気になっていた本を2冊買った。ほくほくとした気持ちで本屋を出ると18時をとっくのとうに過ぎていたけれど、まだ外は明るさに満ちていた。今年の梅雨はどうにも調子が悪そうである。

 

 

 購入した本

劉慈欣「三体Ⅱ 黒暗森林(上・下)」
カツセマサヒコ「明け方の若者たち」(サイン本)
村山由佳「ありふれた祈り おいしいコーヒーのいれ方 Second Season IX」(サイン本)

 

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家に帰り、また外に出てスーパーでちょっとした買い物(栄養ドリンクとか、水とか)をして、また家に帰った。ふと自分の家の隣を見ると、ポストにガムテープが貼られていた。ああ、こんな時期に引っ越したのか。いや、こんな時期だからこそ引っ越したのだろうか。こちらに越してきてからずっと「早く引っ越してくれないかな」と思っていたけれど、うるささを露出していたほうじゃないほうの部屋の人が引っ越されたようでした残念です。先週あたりから隣のがんちゃん騒ぎの部屋からも生活音、というか喋り声が聞こえなくなっていたので(もしや...)と思ったいましたが、今日は久しぶりに喋り声が聞こえてきてしまって残念でした。今はそこまで大きな声で話していないにも関わらず、集中して隣の音が聞こえるように神経を研ぎ澄ましているのは、疲れている証拠。こんな無駄なことにかかずらわっている必要はない、そんなところに力を注いでいられるほど人生は長くない。テレビでちょっとだけバラエティ番組を観てから、20時過ぎにはロフトに上がった。久しぶりに、パソコンと面と向き合って文章をつらつらと書いていると、今まで自分の心のなかでもやもやしていたあれやこれがいい塩梅で放出されて、最近の私に足りなかったのは自分の心の内を放出することであったか、これからは毎日一定の時間を取って文章を書こう。韓国ドラマをだらだらと観ている時間があるなら文章を書いて、心の安静を取り戻そうと今決めた。

 

 

明日からまた仕事で、どうせ暇なのは明らかなので、あまり期待せずに、「こんなことでお金を貰ってしまっていいのか」とラッキーに思うくらいでちょうどいいと思うのです。適切な指導役がいてくれたら暇なんて状況には陥っていなかったのにな、と思うこともありますが、ハラスメントフル装備のような先輩ではなかっただけ、まだマシと考えることにしておきます。