眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

ごはん

今でこそ食事は一人ですることが多くなったが、大学生の頃は毎日のように部活のひとたちと食べていた。昼食は部室で食べることが多く、あまりお金を持っていなかった私は簡易的な弁当を作って、そこで食べていた。或いはたまには外に出よう、ということで近所の飲食店や、車出来ている人が運よくいるときは遠出して、王将とかラーメンを食べていた。夕飯は部室でぐだぐだしていた人たちで行くことが多かった。通った回数が圧倒的に多かったのが大学の近くにあったがストである。そこで美味しくもないポテトや雑炊を食べ、飢えを凌いだ。お金があまりなかったし、外食はそこまで好きではなかったので、出来ることなら家に帰って親のごはんを食べたかった。それでも飽きるほど外食していたのは、人とご飯を食べることが好きだったからだ。大学時代の良き思い出は、授業終わりにみんなでいった夕飯や、夕飯終わりのドライブであった。今ではそんなことを叶えるのはほぼほぼ不可能に近いが(みんな所帯を持ったのである)、あの頃のことをふと思い出すことがある。その時に(あのとき、家に帰ることを選ばないでみんなとご飯を食べに行ってよかったな)という思いと(もうあんな楽しく無邪気に人とご飯を食べれる日は当分は来ないだろう)という諦観でいっぱいになる。良くも悪くも、私の人生の黄金時代は大学生の頃であった。小学生も中学生もそれなりに面白かったが(高校生にだけは二度と戻りたくない)、大学生の底抜けに自由度の増した生活は本当に楽しかった。何が言いたかったのかというと、いつまでも楽しかった過去を思い出して郷愁に浸っていないで、新しい楽しみを作り出して享受しろ、と自分に言い聞かせたかっただけです。