眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

満員電車が戻ってきた

今日は2020年6月1日。緊急事態宣言は先週、前倒しで解除されたが、本番は今日からだろう。土日は殆ど外に出なかったので街がどのような様子になっているかは知らない。先週と同じ時間の電車に乗ると、明らかに乗客の数が増えていた。6月だし、そろそろテレワークもいいだろう......と緩み始めた会社が続々と増えてきているだろうし、今日から学校が始まるところも多いのだろう。別にこれは予期していないことではない、前々から分かっていたことではないか。それでも、電車に乗っていると途端に怖くなってきた。もしこの中にコロナに罹った人が一人でもいたら、同じ車両に乗り合わせた人はコロナに感染してしまうのではないか。天気が雨なので、最近では空いていた窓も固く閉ざされていた。電車が揺れなくても隣にいる乗客と微かに触れ合ってしまう距離感が怖い。電車になんか乗りたくなかった。この2カ月弱、テレワークを本格的に導入しようとしなかった私が所属する組織を恨みたくなった。それでも会社に行かないとお金はもらえない。今住んでいる家だって、家賃の補助をしてもらっている。会社に強く出ることは出来ない、というこの境遇が嫌で嫌でたまらなくなった。「命あってのものだね」という言葉がじんわりと体中に滲みこんでいく。私は当分の間、電車に乗りたくないよ。

 

 

行きの電車はそんな感じで苦しかったが、帰りの電車が駅に着いたときに驚愕した。

 

「コロナ以前と同じくらいの乗車率ではないか!!!」

 

19時台の〇〇線は非常に混んでいた。乗車率は100%を優に超えていた。人一人が入る隙間がすぐには見つからないほどに混んでいた。それでもこの電車に乗らないと家に帰れないので、渋々乗車する。ぎゅうぎゅう詰めになった電車が揺れるたび、がっつり触れ合っている隣の乗客が更に迫って来て、恐怖で気を失いそうになった。がたんごとん、と電車に揺られながら息をすっと押し殺して、10数分だけれど確実に乗っていて、「もう私は遅かれ早かれ、駄目になってしまうのかもしれない」と諦めてしまいそうになった。こんなにも混雑している電車、マスクをしていない人がちらほらいる、どこのだれだか分からないような人がこんなにも近くで呼吸をしている。そんなことを肌で実感して、早く家に帰りたくなった。家が恋しい。一人っきりの空間が恋しい。一頻りネガティブを通り過ぎて、ようやく電車は家の最寄り駅に到着した。

 

 

明日からもぎゅうぎゅう詰めの電車に乗るのかと思うと、恐怖で眩暈がしてくる。ずっと家に居たい。家に居て、孤独を抱きしめていたい。こんな状況が今後も続くのであれば、遅かれ早かれ第2波は来てしまうだろう。もしそれが6月中に来たとしても「そりゃ、あれほどの満員電車の乗車することを多くの人が強いられたら、感染が広がっていくのもむべなるかな」となるだろう。こんな状況、絶対おかしいって。と思うけれど、会社に逆らうことが出来ないので、明日も粛々と電車に乗らなければいけないという現実と今向き合っている最中。