眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

2020年5月11日(月)

緊急事態宣言が発令されてからの出勤16日目

 

昨日は夜の前にたくさん寝てしまったので、寝れるかなーと不安だったが、いざ布団の中に入ってゴロゴロしていると眠気がやってきた。最近の私は睡眠のとりすぎである。午前6時にふと起きてしまって「あれ?」と居場所を忘れてしまう。また眠りこけ、午前中7時に再び起きる。2日間休んでいただけなのに、平日をこんなにも疎んじてしまうほどに私は退屈である。電車は先週と変わらず人で溢れかえっていて、まるでコロナ以前の世界に戻ってきたような錯覚に陥った。本当はそこかしこに爆弾が仕掛けられていて、ふとした拍子に爆発してしまうんだけれど。誰もが当事者にならないよう、自分の世界の虜になるのがうまいもんである。会社に着いても退屈が離れてくれることはなく、始業してのっぺりと仕事が始まってもそれが窮屈になることはなかった。私に与えられている仕事は面倒なようでいてそこまで大したものではない、ということがここ数日で明らかになった。こんなことをしているくらいなら、もっと世のため人のために働いてみたいものだ、といった妄想が全力で走り出す。どうせ転職したって今以上の環境を手にすることはできないのに、と諦め切っているから行動には移さない。誰かに急き立てられることもなく、淡々と作業を進めていたら昼になっていた。

 

 

午後からも午前の部と変わらぬゆとりをもって作業を進めていく。途中で今日出来ることをやり終えてしまって「もう帰っていいですか?」と誰かに言うわけでもないのに心の中に浮かんだ台詞が無闇に飛び出したがっていた。私の出来ることはもうこれ以上はない、あとは作業の分担を任せた人がきっちりと制限時間内にやってくれることを待つくらいしか出来ない。私の勤める会社の事務系と言われるひとたちの殆どは在宅勤務になった。それに伴い、彼らにコンタクトを取ることが難しくなった。辛うじてメールを読んでもらえることが出来ても、「次に会社に行った時に確認します」という返信が返ってくる。こちらが早め早めに動かないと、締め切りに間に合わなくなってしまった。今任せてもらっている業務に慣れ切っていないので、いきなりハードモードで進めなければいけないのは多少の負荷がかかる。途中からどうでもよくなってきて、「もう私は人に託した。これ以上を求められてもどうにも出来ないよ。人にはそれぞれ異なった事情を抱えているんだから。無理に急き立てるのはよしてくれよ」と思ってみたりしたら定時になった。コピーや井戸端がなかなか帰らないので帰りづらいな、と思っていたらコピーが「出来ることはやり尽くした感じ?」と訊いてきたので「出来る限りやりました。今日はもう何もすることがありません」と返して私の今日の労働は終わりを迎えた。

 

 

会社から最寄りの駅に向かう途中、急に夏がやってきたような気温その他諸々の雰囲気に圧倒された。春を感じる余裕が無くて、そしたら急に夏がやってきた感じである。明日からはクールビズ出勤してやろう。私はもう営業ではないので、暑い時にジャケットを羽織る必要はないのだ。そんなことを考えながら、耳に突っ込んだイヤホンから漏れ聴こえてくるのはGrouploveという至高の音楽。最近の洋楽は彼らかThe 1975くらいしか聴いていない。そっと日常に寄り添ってくれる暖かくて優しいグッドミュージックが心地よいのである。

 

 

家に帰って、納豆ご飯を掻き込むようにして食べ終える。テレビは今日は観る気が起きなかった。Grouploveを聴きながら、今まで積み続けてきた本をぽつりぽつりと読み始めた。一度読書のリズムが生まれると、そのリズムを出来る限り生かしてあげようと次々と文章を読みたくなる不思議。途中、猛烈な眠気に襲われてしまったので、床に寝そべりながらだらだらとしていた。眠気がだいぶ落ち着き、時計を見てもまだ21時30分だった時の優越感は何物にも代えがたいものであろう。夜はまだまだ続いていく。