眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

オンライン飲み会

大学の同じサークルに入っていた人たちとオンライン飲み会をやった。パソコンと向き合ってお酒を飲む日が来るなんて......、と思いながら時間が来るのを待った。

 

 

約束の時間になって、すぐに入室した。部屋には私と同期の二人だけだった。現実に彼が目の前にいると話しやすいが、いざオンラインとなると距離感というものが分からなくなる。相手がどんな雰囲気を纏っているのか、パソコンの画面から推し量られるほど私はオンラインでのコミュニケーションに長けているわけではない。ぎこちない時間がしばらく続き、そのうち一人、また一人と入室してきた。そこで私はもう話すことを諦めて、ただただ他の人が話しているのを聞いているだけになった。こんなことなら、別に私が参加する必要がないのでは?

 

 

今回のオンライン飲み会に参加された人の過半数は所帯持ちで子供もいたので、その手の話題が頻りに持ち上がった。私はそんな家族感溢れる話題についていけるほど生きてなどいなかった。彼らは私から遠く離れたところで生きていることを、今更ながら思い知らされた。去年の六月、このなかの誰かの結婚式で会ったぶりの邂逅であったが、これほどまでに私と彼らは離れてしまったのかと思い知らされた。途端に寂しい気持ちが溢れ出してしまって、「ネット回線がうまくいかない」という理由で退席した。寂寥とした気持ちで満たされていた。

 

 

彼らが家族を作るのに必死だった頃、私は私を楽しませることに必死だった。ライブハウスに足繁く通ったし、本だって好き勝手読んでいた。テレビだって誰かに咎められることなく、だらだらと視聴していた。そんなことを積み重ねていたら、私と彼らとでは住む世界がだいぶ異なっていただけの話である。今後、私と彼らの住む世界はより一層異なるものになっていくだろう。その時、私は彼らと時間を共にしたいと思えるのだろうか。分からないけれど、もういいかなと思っている自分もいる。居ても居なくてもどっちでもいいようなところにいつまでもしがみついているのは時間の無駄なような気がする。そんなことを言うのはとても悲しいことだけれど、私は私の人生を楽しませることに力を注いでいきたいので、居るだけで居心地が悪くなるような人間関係はバッサリと断ち切ってしまったほうがいいだろう。といっても、コロナ以前から年に一回くらいしか会っていなかったので、今後はより一層会うことはないだろう。だから、こちらから積極的に関係を断ち切らなくても、自然と関係は薄まっていき、最終的に消滅してしまう未来が見える。

 

 

子供の育て方とか、地元での暮らし方とか。お互いに顔合わせしようとか話しているのを聞いているのはとても居心地の悪いもので、私もそろそろ恋人を作りたいと改めて思った。こんな状況下ではまともに恋人を探すことは出来ないだろうけれどね。