眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

こういう時だからこそ、楽しく生きるのだ

今日の大半、コロナという悪魔に飲み込まれていた。昨日の都知事の会見で一気に不安が募った。正直、コロナのことを甘く見ていた節がある。罹ったら罹ったでしょうがない、そのときはそのときだ。しかし、世界の状況、そして日本の状況を事細かに観察していると、「これって一体、いつになったら終息するのだろう」という不安に駆られた。その不安を払拭するような心持になれなかった。一人暮らしで孤独を募らせていたことが一因かもしれない。ライブに久しく行けてなくて、ストレスをうまく発散できていなかったことも一因かもしれない。仕事で達成感を味わっていないことも一因かもしれない。いろんな不安要素が絡み合って、「どうしようどうしよう」と一人相撲を取っていた。不安で、でもどうしたらいいのか分からなくて、さらに不安になっていた。

 

 

昼ご飯のとき、久しぶりに同期に会った。「在宅勤務が導入されるらしいね」(えっ、え?)知らないうちに、自分の勤めている会社でも在宅勤務が進められていたそうだ。知らなかった。そういうことをやっている「風」はあったけれど、そんな突然決まるものなのか。午後はとにかくそのことで頭がいっぱいいっぱいになった。(在宅勤務にするって言ったって、経理部は紙ベースで仕事をしているから、無理じゃないか)とかいろんな不安要素を考え始めたらキリがない。すっと上司が近づいてきて「在宅勤務は、無理ですよね」と告げられた。まあ、そうですけれど、でも、はい、そうですね。他の部署の人は明日から在宅勤務をされるそう。営業さんは客先へ行くことも叶わないので、在宅勤務だそうです。営業で在宅勤務、いったい何をするのでしょうね。経理部のなかでもちらほらと在宅をする人がいらっしゃって、少し浮かれた顔をしていた。「私、明日から在宅勤務なんだよね」と同期に自慢している研修さん、今はそんな陽気でいる場合じゃないだろ。と考えてしまうほどに、私はどうも心がぎゅんと縮こまっていたようです。

 


帰りの電車でネットを眺めていると、コロナ関連のことがぎゅっと押し寄せてきて吐きそうになった。大切なことも書かれているんでしょうが、これらを吸収していたら消化不良で体調を崩してしまいそう。ただでさえ日常でいっぱいいっぱいなぶぶんがあったのに、こんなイレギュラーなことがやってきたら、ちょっともう自分を制御できないかもしれないよ。家の最寄り駅につき、スーパーで今日の夕飯を買おうと思ったら結構な数の商品が買い荒らされていました。ああ、もうこれだから嫌なんだよ。買い占めなくたっていいのに。そんなことをしていると自分の首を絞めることになるのが分からないのかな、分からないんだろうね。仕方ないので家にあるものでなんとか夕飯を拵えて、お腹を満たす。寂しい。お昼時に在宅勤務の話を聞いた時からずっと寂しい。どうにかしたいけれど、どうにもならない現実がもどかしい。ちょっともうどうしたらいいんすか?

 

 

そんなとき、私が敬愛するロックバンドの首謀者がブログを更新していた。出口のない不安で落ち込んでいるなら、目を覚ましてほしい。君は生きているのだ。生きている限り、楽しいことは探せばいくらだってある。といった趣旨のことを書かれていて、「相変わらずこの人はかっこいい。そして、生きてまたこの人たちのライブを観たいんだ」ということを思えるようになった。自粛を要請されるこの世の中、生きづらくて息苦しいかもしれない。でもそんな状況でも自分を幸せに出来るように存分に楽しむこと。不必要に恐れないこと。それが今私に出来る大切なことなんじゃないかな、とようやく思えた。心をぎゅっと蝕んでいた鎖がするすると解けて、なんとかやっていけそうだな、と思えたよ。

 

 

今日も明日も明後日も、相変わらず世界はコロナと戦っているけれど、防戦一方じゃないだろ。ここから反撃していこうぜ。と思えるほどに、私はどうにか前を向けるようになりました。週末は要請があったので外出は控えます。そのぶん、今まで買いためてきた本をたくさん読むし、好きな音楽を好きなだけ聴く。それらをするために私は生きているのだから。

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