眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

あっという間に時間が過ぎる。何も成長しない自分

気づいたら23時になっている。それまで何をしていたのか、思い出そうとしても解像度の低い記憶が薄ぼんやりと頭の中に残っているだけで、何していたのかはっきりと思い出せない。まだ本調子ではないということ、にしておく。東京に舞い戻ってきてまだ2週間も経っていないのだ。新しい街に馴染むには最低でも1ヶ月は必要だろう。そういうことにしておく。

 

 

ライブに行けないストレスで頭がどうにかなってしまいそう。それとともに、ライブが中止になったり延期になったりすることでダメージを受けている音楽関係者のことを思うと、どうにも歯痒い。早くライブに行ってお金をじゃぶじゃぶ落としたい。爆音で頭を麻痺させて、今のこの世界を包んでいる不穏な空気を一瞬でも忘れたい。今この瞬間の苦しみを無駄にしたくない。音楽に助けられてきたんだ、これからは私が音楽に恩返しをしていかなければいけないの。3月はたくさんのライブに行ける予定だったのに、その全てがたぶん中止になってしまう。私だけが辛いのではなく、その向こうで金銭的心理的ダメージを受けている人がいることを忘れない。ライブハウスを悪者にしたマスコミに対する憎しみは、一生忘れない。

 

 

会社行っても誰とも話すこともしないで、単調な作業を繰り返していると頭がおかしくなりそうだよ。経理に異動になる、と知らされた時はもう嬉しくて堪らなかったのに、蓋を開けたらいつもの放置ですか。教育体制、引き継ぎをきちんと出来る状態になっていないのに取り敢えず異動させるって、一体どんな了見なんですか?意味のない時間を引き伸ばして引き伸ばして、心がからっからに干上がって定時を迎えて。腐りきった心を引きずりながら帰りの電車に乗っているときのあの、もうなんというか堪らなく辛い気持ち。東京まで来たのに、こんな異常事態なのに、あまりにもいい加減なそれがどうにも許せなくて。でも誰かを許すとかそういう話ではなくて、ただ私は運が悪かったということだろう。来週中、いや今月中にはなんとかまともな仕事を振ってくれることだろうと信じている。さすがに1ヶ月も放置はやり過ぎですよ??

 

 

一気にCRYAMYとの距離が近くなっている。そこまで惹かれることのなかった「♯3」の「月面飛行」という曲がちょっとどうにかしているくらいに解像度の高い曲で、何度聴いても飽きることないし、どんどん好きになっていくし、「寂しい夜は外に出て歩いて疲れて座り込んだら タバコを吸って言い足りないこと考えたりした」というぶぶんで泣いてしまう。カワノの声がどこまでも優しい。全てを分かっている、俺は全てを分かっている、といったかんじの風情で歌を歌っている姿を想像しただけで、今どんな辛くても大概救われる。現に、今の私を支えているのは、King Gnuでもclimbgrowで秋山黄色でもない、CRYAMYの曲である。ああ早く彼らのライブを観たい。ああなんで彼らのライブが観れないのだ。ワンマン延期になったリベンジでFEVERの倍のキャパでライブしてくれるの嬉し過ぎるし、ニューシングル出してくれるのもう本当にそういうところだし、またあのライブの空間で自分の考えをこねくり回したい、一緒になってCRYAMYの歌を歌いたいとただ思った。私はもうCRYAMYから逃れられないし、離す気もさらさらないのであった。