眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

20200103

流石に1日中家の中にいると気が滅入ってくる。外の新鮮な空気を浴びず、体を殆ど動かすこともしないで、ただ目の前の本をこんこんと読んでいると、自分の感覚が鈍ってくる。耳も少しだけ閉塞している感じがするし、最近新調した眼鏡もまだ体に馴染んでいなくて、自分がこの世界から切り離されて存在しているような感覚に陥っている。体がとにかく重たくて、何の用事もないけれど外に出て澄んだ空気を体中に取り込めば今のこの倦怠感は少しは軽減されるのかもしれないけれど、外に出るほどの体力、気力すらも今の私には残っていない。

 

 

昨日の夜、リビングで母親と話をしていたら「そういえばお兄ちゃんが結婚するんだって」と唐突に切り出してきた。うおっ、と思ったし、そうだよな、とも思った。最近の兄は土日に家にいないことが多くて、(彼女と遊んでいるのだろう)と想像していた。どれくらい付き合っているのかは知らなかったけれど、そうかもう結婚するのか、まあいい歳だからな、とぼんやりとした頭で考えていた23時。最近の私は恋愛に対して興味ないふりを装っていたが、兄にそのようなことがあると、(自分もそろそろ動き出さないといけないな)と放置していたマッチングアプリを久しぶりに開いてみた。......やっぱりこんなものに自分の時間を割くなんて、勿体ない。こんなどこの誰とも知らない人に時間を割いているより、部屋に堆く積まれている読みたい本をこんこんと読み続けていたい。数分ほどスマホをぽちぽちしてからすぐにアプリを消して、綿矢りさ「生のみ生のままで」を読んでみる。まだ読み始めたばかりでこの作品の全てを把握しているわけではないけれど、昔の作品ほどのきれっきれの切り味はなくなってしまって残念である。自意識の高い女性が恋愛に対して固執している姿は滑稽で、でもこの本の表紙からして女性との恋愛に溺れていくのではないかと推測している。この本で描かれているテーマに対して私は興味がないけれど、綿矢りさの本ということで我慢して読み続けていることは本当に意味のあることなのだろうか?

 

生のみ生のままで 上

生のみ生のままで 上

 

 

 

今日は一度起きたんだ。10時くらいに起きたんだけれど、でもまだ睡眠を貪っていたい気分もあって、少しだけ目を瞑っていよう、と思ったんだ。すると簡単に身体は睡眠モードに入ってしまった。親の声が妙にうるさくて、時計を見たら12時をとっくに回っていて、(ああ、三が日だけれどこんなぐうたらしていたら人間として駄目になってしまうんじゃないか。いや既に駄目な感じになっているではないか)と空しいことを考えながら、ぬるっと起き上がる。先週借りていた「やまとなでしこ」が今日返却しなければいけなかったので観た。古いなあ、話も直線的でひねりがないよな、でもなんでこんなに続きが気になってしまうんだろう。2話観終わって、続きが気になったので早くTSUTAYAに行って2巻を借りなければ。それには外に出る必要があるんだけれど、まだ心と体は外に出る準備が出来ていなくて、怯えながら今、この文章を書いている14時18分。耳の閉塞感、外に出て新鮮な空気を吸い込んだら少しはマシになるのかな。

 

やまとなでしこ DVD-BOX

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15時過ぎにようやく重たい腰を上げて、家族と外に出る。近所の神社で初詣を済ます。向上心のない人間なので、無難なことを神様にお願いする。正確にはお願いというのではなく「これこれこういうことをしようと思っています。どうか見守っていてください」といった感じの思い浮かべていた。それからスーパへ行ったが人で混雑していたので、諦めて外に出る。久しぶりの外は非常に気持ちのいい快晴で、特に何もしていないのに心がのびのびしていくみたいだ。そのあとは特にすることもなかったので家に帰り、えっと、何していたんだっけな?何かしらしていた筈なんだけれど、今これを書いている段階で忘れてしまっているということは特段、大したことをしていなかったのだろう。今までの人生だって大したことをした時間は本当に微量なもので、そんな向上心のない自分に対してほとほと嫌気が差してしまう。でも、向上心のない人間だから、自分に対して嫌気が差してしまったことをすぐに忘れてしまって、没個性の人生にまたはまっていくのだ、あああ。

 

 

あと少ししたら仕事が始まってしまうというのに、私の頭はまだぽわぽわと花畑を彷徨っている。こんな頭のまま会社に行くのだろうか、仕事ができるのだろうか。いや、寧ろこのような先入観のない頭だからこそ出来る仕事があるというものではないですか。......私が行っている仕事というものはクリエイティビティというものが一切必要とされない仕事で、技術の人が作り上げたものをそれらしく加工してお客様へ届けるだけ。お客様から要望があったら自分でどうにかするのではなく、伝言ゲームの如く技術の人に報告し、技術の人が作り上げたものをそれらしく加工してからお客様へ届ける。はっきり言ってやりがいなんてものはこれっぽっちも感じはしない。どうしてこんな仕事を選んでしまったのか、と今更ながら虚しくなってしまう。自分が努力すれば努力した分だけ成果物に愛着がわいて、それでお客様や会社の同僚が喜んでくれるような仕事だったら本気になれるんだろうけれど。そんなあまっちょろいことをうだうだ考えて思考を先延ばしにしているから、私はいつまで経っても成長できずに同じ場所に立ち尽くしているのだろう。やりがいとかそんなものは仕事に求めていいのはごく僅かの人間だけで、あとの平平凡凡な人間は退屈な日々をやり過ごしていかなければいけないんじゃないか。やりがいがなければ本気になれないなんて、お賃金を毎月貰っている癖に、よくそんなことが言えたな、って先輩にどやされそうだ。今は仕事のことについて自分で勉強しておかなければいけない季節なんだけれど、まだ年末年始休暇を満喫してやりたいと思っているぐうたらな自分のほうがぎりで勝っている。今日も全くもって自堕落な生活を送ってしまった。明日は10時に病院の予約をしてあるので、今まで見たいにお昼過ぎまで睡眠、なんてことは出来ないけれど、けれどまた無意味な一日を送ってしまいそうで、今から気が滅入ってくる。気が滅入るくらいなら、どうしたら有意義な一日が送れるのかをちゃんと考えて、で、実際に行動してみればいいじゃん、と思うけれど。実際問題、そんなことがすいすいと出来ていたら今、こんなところでうだうだ言っている訳がありませんじゃないか!

 

 

今日は日付が変わる前に眠りたいな。