眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

340日目「ふっかふかの毛布にくるまっていると、このままこの状態で年を越したくなるね」

じっとしていると不安でどうにかなってしまいそうだ。昨日連絡があってから急に生が浮き彫りになって、妙に近い。普段は生について深く考えることはないし、ここ数年、衝撃的な出来事もなくぬくぬくと生きてきたせいで、昨日の連絡に対する適切な反応がまだ取れていない。親はそんなに不安そうな顔はしていないけれど、もしかしたら必死に取り繕っているだけで、内心は不安で不安でしょうがないかもしれない。仕事で車を運転しているとき、仕事の不安と生の不安がぐちゃぐちゃに混ざり合って、ちょっと危なかった。なかなかの長距離運転だったから、行って戻ってきて社内で一息ついたときには顔面蒼白になっていた。今私に出来ることはなんだろうか。後悔だけはしたくない。伝えておきたいことはたくさんあるので、早いうちに、来月中には手紙にしたためるつもりだ。昨日、「そういえば最近手紙を書いていなかったから、書いてみようかな」というのは虫の知らせだったのだろうか。まだ不安は消えないけれど、なんとか折り合いをつけてみます。いや、無理に折り合いをつけないで、このままもやもやを抱えているのも正解だと思えてくる。

 

 

まあ、今日も暇でした。これが私のアイデンティになりつつあるのは嫌なのだけれど、具体的な打開策が見つかっていないのでやきもきしている、今日は宴会のことで先輩に訊きたいことがあった。先輩はとても忙しそうにしており、どのタイミングで伺ったらいいのかよく分からなかった。ジャブで仕事のことを訊いたら冷たく返されて(それくらい自分で考えたら分かるだろう?という口調)、訊くことに対するハードルが急に高くなった。どうしよう、早く訊かなければ、タイムリミットは迫っている。先輩は会社を出たり入ったりしてせわしなかった。結論から申し上げると私は先輩に相談できなかったあああああ、なんでこんなことすら訊けないんだろうか。年齢がまあまあ離れている人に対しての接し方がよく分からない。どんなことを枕にしてから話をしたらいいのか、とかどうでもいいことをぐちぐち考える。「あっちから声を掛けてくれればいいのに」は甘えだろ。他者から声を掛けてくれれば、という幻想は高校1年生の初めのうちに砕け散ったはずだ。高校1年生の、気候的には暖かいのにひどく肌寒く、寂しさをこじらせていたあの頃に比べれば、誰かに虐げられているわけでもないので環境としては申し分ないはずだ。しかし、ある程度の関係性を構築している人々の輪の中に入っていくはかなりの勇気が要る。転校したことは一度もないけれど、もし転校していたらこんな寂しくて心もとない気分なんだろうな、と思う。私はまだ先輩方に対して勝手に壁を作ってしまっていて、その壁のせいで勇気という勇気があえなく潰える。もっと気軽に、気負いなく先輩方と話したいのに。いつまで私は人とのコミュニケーションで苦しみ続けなければいけないのだろうか。

 

 

定時ダッシュして、ヤバイTシャツ屋さんのライブへ。ワンマンは初めてで、2時間近くも聴いていられるだろうか、という考えは邪推に終わりました。あっという間の2時間。すっきりした気持ちで家に帰る。

 

 

やっぱり今日のうちに先輩に相談しておけばよかったな。そもそも何故私が宴会の準備をしなければいけないのだろうか。そういう雑用は若手の仕事?それならもうちょっと早く指示してほしかった。なんでぎりぎりになってから私を宴会準備役に任命したのさ。3週間くらいあればゆったりと探すことが出来るのに、ギリギリだからお店の下見をすることすらままならない。そもそも明日、明々後日、そのまた次の日にライブが入っている私のプライベートが少々異常な気がしてきた。怒涛の如くライブに行って、まるで終焉が近づいているみたいじゃないか。すべてのライブに対してすごく行きたい気分を持っているから、後悔はない。ただお金は有限だし。でも服とかそれ以外のおしゃれ関係のことに私はお金を使わないので、音楽や本にお金を落とすのは仕方のないことなのだろうか。行きたいライブは今までたくさんあったけれど、その全てに行けるわけではなかった。当たらなくて何度地団駄を踏んだことだろうか。今のこのペースは来年も保てるわけではない。仕事が暇で、平日にもライブに行けるからこそのペースである。行きたいライブにたくさん行ける今年という時間を大切に思って、明日もライブに参加します。初めて訪れるライブハウスなので、迷わないかどうか少し不安である。

 

 

今日はブログを書き始めたのが遅かったので、ほぼノー思考で文章を書いているし、推敲は殆どしていない。今私の頭の中にあるもやもやをそのままそっくり吐き出している。いつかこの文章が役に立てばいいな。