眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

労働

今日中にやるべき仕事がないのなら、帰ればいい。「疲れた」と言う暇があるのならば、さっさと帰って家でのんびりすればいい。なぜ定時を過ぎた途端にキーボードを激しく叩く音が聞こえてくるのか。私は帰っていいのか。帰っていいのか。いいですよね。帰りますよ。おつかれさま、え、何かやることがあったんですか。それならば定時までに言ってくれればいいのに。思春期の女の子じゃあるまいし、どうしてそんなもじもじしていらっしゃるのですか。もういいんですね、今日中にしなければいけない仕事ではないんですよね。いいですね、帰りますよ。それでは、お疲れ様でした。

 

帰りのバスに乗っていると俄然沸き立つ、「これから自分の時間がやってくるのだ」という幸福感、それを後押しするかのように赤信号に引っかかることなく、すいすいとバスは目的地へと向かう。今日の夕飯は私の好物だったらいいな。夕飯の前にジムで軽く汗を流してしまおうか。何を考えるのも楽しくて、このままうきうきで宙に浮いてしまいそうだ。家に着く。扉を開け、夕飯が出来上がるのがあと1時間かかることを告げられる。よし、今日は先にジムで運動をしてしまおう。そうと決めたら行動は早い。準備してあるスポーツバッグを肩にかけ、颯爽と家を出る。今日は何をしようか。筋トレマシンで体を痛めつけてしまおうのもいいだろうか。いや、昨日も筋トレしたから、今日は軽く泳ぎ流すくらいでいいかな。結局は丁度タイミングが良かったヨガの教室に滑りこんで、みっちり30分間体を解す。完全に弛緩している体をお風呂に運び、しばしの愉悦。幸せ。これが生きる意味。運動が終わったらさっさと家に帰ってしまえ。15分走って家に着くと、丁度夕飯の支度が出来たところだった。「いただきます」今日は私の大好物のキムチ鍋である。最近急に肌寒くなってきたな、と思っていたところだったので、ベストタイミングのチョイスだよな、とつい笑みが零れてしまう。あっという間にキムチ鍋を平らげてしまうと自室に行き、のんびりと読書をする。一昨日購入した「」という小説が抜群に面白くて、一昨日昨日とついつい夜更かししてしまったんだったよな。今日は気を付けないと。気づくと物語の世界に飛び込んでいて、時間の感覚がなくなってしまっていた。え、これどうなるの?ぐいぐいと引き寄せられる物語に、呼吸をするのもついつい忘れてしまう。気づいたらいつも寝る時間を2時間オーバーしていた。そろそろ寝ないと。頭では分かっているつもりなんだけれど、体が言うことを聞いてくれない。分かった、明日の朝早く起きて読むから、取敢えず今日はこれで勘弁してくれないか。必死に説得して、ようやっと折れてくれた。これでようやく眠れるぞあれ、そういえば明日は祝日じゃなかったか。そうだった、職場でもそんなことを話している暇な連中がいたよな。じゃあ、もう少し続きを読んでしまってもいいんだよな。気づくとまた物語の世界の没入していた。今あるのは、私と物語。そこに時間という概念は存在しない。

 

 

 

 

 

ふいに意識が現実に向くと、私は無機質の真っ白な部屋に横たわっていた。