眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

327日目「暇暇暇暇暇暇嫌暇暇暇暇暇暇」

あーもうめんどくせえらくになりてえよ。だからやることないんだって。そして誰もそんな苦しそうにもがいている私のことを全然気にかけないんだって。それぞれがそれぞれの仕事に没頭してて、で、何か変わったか?私が甘えているだけなのだろうか。そろそろ新しきものがやってくるというのに、どうするつもりなんだろう。私に押し付けてさようなら、という腹づもりなのだろうかたぶんそんな気がしてきた呆れるけれど。私だってまともに一人で立てていないのに、一人で立つということを知らぬような存在をぶつけ、知らんぷりはさすがにまずいんじゃないんですか?いつまで5chまとめを見ているつもりなんだよ。

 

 

人生が遅延している。私はもっと前へ、それも輝かしい未来の上で生きているつもりだった。思っている以上に後ろの方でうだうだしている。前へ行こうにも誰も手を貸してくれないし、進み方がいまいちよく分からないし、どっちに進めばいいんだっけ、ねえ?

 

 

昨日の夜に「苦役列車」をちびちび読んでいて、暗澹とした気持ちになった。題名から察するにうだつのあがらない中年男が奮闘する話かと思っていたけれど、まさか19歳の日雇い労働者の男がうだうだするだけの話だとは。自分の卑小な世界でせこせこ生きる様はあまりにも醜くリアリティがありすぎて、読んでいて気持ち悪くなった。日に5,000円程度の銭を稼ぎ、それを稼いだ日に殆ど使ってしまい、家賃も払えないくせに風俗にはそこそこ通っていて、友達も恋人もいなくて、1人寂しく生きている様は余りにもおぞましく、「こんな生活をしていないだけ自分はまだましなのか?」と思ったりして明日の労働のことを考えないようにした。やめよう、読んでてただ暗くなるような読書はなんの身にもならない。読んで「自分も行動を起こしてみよう」とプラスの衝動を引き起こしてくれるような本をどんどん読んでいきたいと思っているのだけれど、そのような本に最近は巡り会えていない。そういう類の本は読むのに骨の折れるものがあって、そういった骨太の本は無意識のうちに読むのを避けていたのだと思う。インスタントなものばかり飲み込んでいないで、たまには顎が痛くなるほどまで咀嚼してみるのもいいかもしれない。

 

 

仕事の話に戻るけれど、少しの間だけ、外に出て一人を満喫していた。社内に居てもやることがないし(この記述を今まで何度繰り返してきたことが)、頭がどうにかなってしまいそうだったので、緊急性のない書類を持ち、電車やバスを乗り継いで客先へ向かった。道中、あまりの眠気に襲われて意識を失う場面があったが、そのような束の間の休息も時には必要であろう。道中で読むかと思って持参してきた本は結局のところ読むことはなく、ただ茫漠とした不安を抱えたまま、気付いたら会社に戻ってきていた。社内には誰も居なくて、私一人で会社を満喫していた。このまま誰も帰って来なくて、定時にそそくさと帰られるような一日になればいいのにな。

 

 

気付いたら定時を過ぎていて、定時を過ぎてからやるようなことではないことを上司に押し付けられて、上司はさっさと帰っていった。私は律儀にも仕事をこなし、会社を出たのが18時半過ぎ。こんなに早い時間でも、「何で残業をしなければならないのか」と苛々してしまう私は正常だと思う。最近、眼鏡がグラグラして仕方なくて、どうしてこいつは言うことを聞いてくれないのだろう、と繁々とそいつを眺めてみる。鼻当ての位置が左右で違うではないか。空腹を我慢して、近所の眼鏡屋で直してもらう。眼鏡屋さん曰く、「本当はレンズをフレームから外して洗いたかったけれど、フレームが壊れる恐れがあるので、そこまではやっておりません。ですが、最善は尽くしております」とのこと。確かに眼鏡は先ほどの頼りない感じではなくなっており、「私には任せればどんな世界でも眺め渡すことができるよ」と言っているみたいである。......一体私は何を書いているのだろうか。まだ月曜日なのに疲れ果ててしまっているのだろうか。先ほどから眠気をこらえながらパスドラをやっているおじさんが隣で座っているけれど、眠いなら寝ればいいのに。私は眠くないからここに文章を書きつけて心の安静を保っている。名古屋は満員電車、といっても東京のそれではないから本当に過ごしやすい。いや、名古屋のそれでもまあまあしんどいんだけれど。東京のアレが世界の中でも群を抜いておかしいことに気付くべきなのだろう。あそこまでして、心と体がぺちゃんこになってまで行きたくない会社に行く必要はないんじゃないかな。とまた書きたいことからだいぶ逸れてしまったので、少しだけ筆を置いてみる。

 

 

久しぶりにジムに行ってきた。

 

仕方なく重い腰をあげて、ジムに行った。今回で遂に20回目である。今日はエアロバイクでごりごり体を痛めつけたい気分だったので、全部埋まっていた。仕方なく筋トレマシンでちょこちょこ筋肉をいじめていたが、一向にエアロバイクが空く気配がなかったので、仕方なく今まで受けたことのなかったレッスンを受講した。

323日目「消費税率8%最後の夜」 - 眠たげな猫の傍で

 

消費税が10%になってからは初めての運動である。こんなにも運動をすることに臆病になっているのは、先週の火曜日のくたばりがあまりにも辛かったから。頭はがんがん痛むわ、吐き気はおさまらないわで、本当にしんどい思いをした。あれから1週間近く経って、今日はそこまで疲れていないから、まあ、大丈夫かな。という甘い考えでいたら寝首を引っ掻き回されるかな。ちなみに今回で21回目。回数を数えることに意味があるのかどうかはよく分からないけれど、どうせ運動をするのなら意義のあるものにしたいと思っているよ。この間大学の先輩と運動の事についていろいろ話をしたけれど、殆どを忘れてしまった。今回はエアロバイクと水泳を堪能するつもりでいたが、ジムに着いた頃に水泳用具一式を持ってきていないことに気付いた。大人しくストレッチをして体をじっくり解してから、エアロバイクを淡々と漕いでいく。ただ漕ぐだけだと飽きてしまうので、スマホでニュースを眺めながら漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。いつもは10kwを漕いでいるのだが、復帰初戦ということで8kwで打ち止め。そのあとは筋トレマシンで体をいい感じに痛めつけて疲労させてからの、じっくりとストレッチ。これがものすごく気持ちいいんだよ。仕上げのお風呂に浸かっている頃には(今日ジムに来てよかった。仕事のことでもやもやした気持ちを抱えていたけれど、そんな時こそしっかりと体を動かしてリフレッシュしなくちゃ)なんてことを考えていた。

 

 

久しぶりに心地よい疲労に包まれながら家に帰り、syrup16gを聴いている。活動休止する前の音源は滅法音質が悪く、それでも五十嵐が伝えようとしているものがざわざわと伝わってくる。最近気に入っているのが「テイレベル」という酷く暗い曲である。syrup16gの曲は大抵が暗い曲なのに、聴き終わった後にはすっと前へ進んでいこうと思えるから不思議である。そんな気分になれるのは、syrup16gの曲がただ暗さを描き出しているだけではなく、暗さをくぐり抜けた後の世界を言外に表現しているからではないだろうか。「テイレベル」がsyrup16gのファンの間でどのような扱いを受けているのかは知る由もないが、この曲を来週のライブのどちらかで聴けたらなかなかに愉快であろう。彼らの曲は1期もいいけれど、2期もなかなか聴きごたえがあると思っている。長年のファンがどのように思っているのかは知る由もないが、どちらかの日に2期のお気に入りの曲を聴けたらいいな。

 

 

もう少しで1日が終わってしまうのは余りにも寂しいので、長嶋有「愛のようだ」でも読んでみる。明日も多分今日も同じような1日だろうけれど、どうか狂いませんように。

 

 

12,856歩

 

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