眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

寝る子はよく育つ、は嘘

ここ最近の私は休日、寝てばかりいる。特に予定が入っておらず、自室の布団の上でのんびりしていると、すぐに眠気はやってくる。それに抗おうとしないですぐに受け入れてしまう私も私だが、平日に疲れをため込んでしまう今の生活を見直さなければいけない時が来ているのではないだろうか。

 

 

社会人になってから、私の一番の関心事は仕事になった。仕事が大好きだから四六時中考えてしまうわけではなく、仕事が嫌で嫌で嫌で仕方がなくて、今している仕事が自分に合っているのか、そもそも仕事というものが自分に合っているのか、ということで気を揉んでしまうことが多い。非常に多い。うっかりすると仕事の悩みの沼に入ってしまうことが多いから、音楽を聴くことが学生の頃より多くなった。無音が怖いのである。常に音楽が鳴り響いていて、歌詞やメロディに思いを馳せていないとすぐに仕事の事で悩み始めてしまうのである。

 

 

5年ほど今の会社に勤めているのにいまだに一人前になれない。ジョブローテーション、という体のいい言葉を使ってころころと部署が変わってしまい、一つの事を徹底的に極める時間がないのである。というのは多分言い訳に過ぎなくて、本当のところは営業という仕事が合っていないのだ。そんなこと、私が小さいころから分かっていたことで、そのため親は私が研究家の道に進めるように試行錯誤をしてくれていた。でも私は文系を選んでしまって、安易な考えで今の会社に就職を決めてしまった。面倒だったからである。自分を売り込む、という気持ちの悪い作業をこれ以上続けたくなくて、周りはすんなりと就職先が決まっていて、焦っていたのだ。今はそんな決断をしてしまった自分を張り倒して、満足いくまで就職活動をしてこいと言ってしまう気がする。ある側面では、私は私に対して厳しすぎるから。

 

 

職場で一緒に働く人が合わない、というのは我儘であろうか。教育係にあてがわれた人は出会った当初「むっちゃいい人じゃん」と思っていたけれど、何度もコミュニケーションを重ねていくうちに、「無意識パワハラ気質のある人だな」ということに気付いてしまって、気付いたら接触することを避けていた。身体的なパワハラではなく、言葉のパワハラである。教育係の人は冗談のつもりで軽口を漏らしているのかもしれないけれど、毎日毎日その軽口を聞かされる私にとってその人の軽口は苦痛で、次第に苛立ちを覚えるようになった。「自分が気持ちよくなりたいがためにどれだけくだらないことを撒き散らかせば気が済むのだろうか」という思いが強くなって、リスペクトしていた気持ちがだんだん不安げなものに変わりつつある。で、その人に対する不満、不平を漏らして自分の気持ちを軽くさせようと思っても、職場には私が頼れる人がいないのである。営業は5つの部署があり、明確に区切られていて、仕事の相談をするのも憚られるほどに仲が悪いのである。仕事をしていて疑問点が生じた際、周りに自分と同じ課の人がいなければその人たちが帰ってこなければいつまでたっても疑問が解決しないのだ。うっかり他の部署の営業さんに訊いてしまったら、後々大変なことになってしまう。そんなしょうもない仕来りを作ってくれた先人も先人だが、その古臭い価値観をいつまでも守り続けている先輩方も先輩方である。

 

 

これ以上仕事の悩みを吐き続けてしまうと気分が悪くなってしまうので、土日にあったことでも書いておく。土曜日、金曜日のパーティで疲れ果ててしまった私は昼近くまで眠りこけていて、非常に幸せな惰眠を貪っていた。遅い昼ご飯を食べて、14時過ぎに家を出て浜松へ向かう。大好きなヘンテコバンドのライブを観に行くのだ。ライブを観て、家に帰ってこれたのが23時前。帰る最中にコンビニに寄り、11月に開催されるジャルジャルのライブチケットをとうとう買ってしまった。この1年間近く狂ったように動画を観続けてきたジャルジャルをようやく生で見ることが出来る。名古屋でもライブをしてくれるのだけれど、生憎その日は忌々しいイベントが勃発する恐れがあるので、大阪のチケットを買った。11月の遠征が1つ決まった。日曜日、昨日のライブの疲れでまたもや昼近くまで眠りこける。なんて幸せな惰眠であろうか。ずっと寝ていたい。でも寝続けていたら身体が疲れてしまった、この間の火曜日の悲劇が再来してしまう恐れがある。眠たい体を無理矢理起こして、図書館へ行く。10月は読書の秋、ということで普段は6冊しか借りられないのが10冊までオーケー、ということなっていた。予約していた3冊+4冊を借りられることになってしまったので、30分ほど図書館内を歩き続けて、気になった本を借りました。ああ、今から読みふけるのが楽しみで仕方がない。

 

ウィステリアと三人の女たち

ウィステリアと三人の女たち

 
星か獣になる季節 (ちくま文庫)

星か獣になる季節 (ちくま文庫)

 
愛のようだ

愛のようだ

 
苦役列車

苦役列車

 

 

 

家に帰って来て、高山羽根子「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」を読む。

 

高山羽根子「居た場所」を読み終えてしまった。昨日の時点で「居た場所」は読み終えて、今日は後に残った短編二つを読んだ。少ない分量でここまであとを引きずる世界を生み出せるのはすごく貴重な才能だし、これからもぞんぞんと作品を世に出していってほしいと思う。特に最後の作品のよくわかんないけれど肌では分かる、みたいな曖昧な気分になれる作品は大好物なので、今後もそんなテイストの作品の執筆をどうかお願いします。

265日目「難しい言葉で自分を誤魔化すな」 - 眠たげな猫の傍で

 

約3カ月ぶりに高山体験をしているのだが、これがもう滅法愉快で、ついつい踊り出してしまいたくなってしまう。ど派手な演出が施されているわけではない。一つ一つ、丹念に物語を紡いでいく姿勢、決して嘘くさく感じず、隣町で実際に起こっていそうな感じに親近感が湧くのである。別に読書に対して親近感を求めているわけではないけれど、彼女の作品を読んでいるときはその親近感が滅法心地よくて、どうしようもないほどに読書していることが幸せに感じるのだ。この本は約100ページしかないので、丹念に丁寧に読みほぐしていこうと思う。

 

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あと少しで日曜日が終わってしまうことがこの上なく悲しい。また明日から上司に「新規、新規」と言われるのかと思うとずっと外に出ていたくなる。でも外に出ていれば「なんで外に出ていたんだ?理由を言え」と言われてしまうのも面倒なので、果たして私はどうすればいいのでしょうかね。