眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

326日目「立食パーティ」

今日はパーティがあった。パーティで思い出すのが、今年の1月の事である。

 

仕事を早々に終えてパーティへ向かったのだが、私は受付として1時間以上も拘束された。鳴るお腹、一向に声が掛からずに萎える心。これ以上待っていてももう誰も来ないよなとげんなりしていたけれど、パーティの中に入っていき心をすり減らしてしまうぐらいならここでのんびりしていたほうがいいやと思考を切り替えた。ということでテキトーにのんびりしてたけれど、見かねた先輩から「10分だけごはんを食べてきなよ」と声を掛けられた。10分。パーティに入ると、肉や寿司やらと美味しそうな食べものが所狭しと並んでいた。10分って。慌てて食べ物を詰め込んだので、あまり味も分からず、ただただ無駄にお腹が膨れた感じだけが残った。戻る受付。少々膨らんだお腹をさすりながら、「早く終わってくれないかな」とのんびりしながら眠気と戦っていた。

169日目「雪が舞った」 - 眠たげな猫の傍で

 

あの時の苦痛の再来である。私は下の方に所属するので当然のごとく受付をやらされた。それはまあしょうがないとしよう。ただ、受付をしていてムカついてしまったことがいくつかある。一つ、受付に来る人のいい加減さ。受付を一度やれば分かると思うのだけど、そして私は名古屋に所属して間もないので、パーティに来る人間全ての名前と顔が一致しているわけではない。なのに、受付に来てただぼーっと立っている人、そのまま会場の中にいる人はどういう思考回路が働いているのか。自分が「認知」されていると思っているのか。わざわざ「部署とお名前をお願いします」と言わなくても、そちらから言ってくるのが筋なのではないか。二つ、会費をピッタリ持ってこないこと。複雑な会費設定をしていないのでお釣りは準備をしなくてもいいだろうと思っていたけれど、平気の平左で1万円を出してくる人間の多いこと。飲み会の席ではお金を崩してから向かうのが当たり前ではないのか。それともお金を集める係というものを一度もやったことがないのだろうか。三つ、遅刻もしくは欠席をするのに連絡をしてこない。これは上記二つの問題よりも深刻。これのせいで私は数量限定のとあるものを食べられなかった。パーティが始まっても、まだ来ていない人は何名かいて、その人たちがささっと会場内に入ってしまって会費を支払わないのを阻止するため、30分ほどオーバーして受付にいた。時折トイレやタバコで外に出てきた人に「まだ来ないのか?」と声を掛けられはするけれど、それ以上のことをしてくれるひとはいなかった。その点、普段は......と思っているとある方が活躍したお陰で、受付で無駄に過ごす時間が30分で済んだようなものです。ありがとうございました。でももしかしたら受付でのんびりと座っていた方が楽チンだったかもしれないな。中に入っても、顔見知りはいても、気さくに話すような人がいないので、ただ黙々とご飯を食べ続けるのはしんどいものがあった......。15分ほど経って、「まだ15分しか経っていない」と気付いた時の絶望感はうまく言葉で言い表せません。そこから苦痛の時間が続き、中身のない苦痛な出し物をさせられて、やっと終わって、急いで家に帰って、で、のんびりと本を読んでいるんだけれど今村夏子さんは最高だよ。「あひる」がとても良かっただけに、「星の子」が宗教に振り切れ過ぎていて「うーん」と思っていたんですけれど。「父と私の桜尾通り商店街」は若干の宗教臭さを滲ませながらも、それを忘れさせてしまうほどの物語の強度がありました。30ページほどの短編がいくつか入っている本なんですけれど、そのどれもがインパクトの強い代物で、本を読み終えた後は全てのお話がじんわりと頭の中を駆け巡っていくのが心地よく感じられました。ああ、読書体験というものはこういう幸せなことを指すんだよな、とかテキトーなことを考えながら、私は人と話すよりも一人で黙々と作業している方が合っていることを再認識しました。転職してえ。営業なんてしたくないよ......。

 

 

12,963歩

 

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