眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

315日目「もう僕を一人にしないで」

先日までの3連休、名古屋から遠い土地でぽわぽわした時間を過ごしていたので、今日が働く日であることに実感を伴わなかった。ぽわぽわとした心持で目の前の業務に取り組んだ。朝方、先輩から「資料の打ち出しは終わった?」と訊かれたので「終わりましたよ」と返答。そのあと、一向に先輩から外出する旨が伝えられない。そわそわしていると「資料の準備はできたの?」と若干強い感じで訊かれたので「出来てますよ」と言ったら「出来ているんなら報告してくれないと」と窘められた。なんだかなあ、と思いながらお客さんの所へ行き、一瞬で用事は終わる。会社に戻る途中、「もっと仕事に興味をもって」と言われ、よりムムムという気持ちが強まった。的確な指示がないから報告も曖昧になってしまうんだよな、と思いながら、その辺のことは先輩に全任せするのではなく、後輩の私から進んで報告していったほうが無難だな。どんな些細なことでも、先輩が忙しそうにしていようと報告連絡相談するほうが自分の身を守ることになる。先輩はいつも忙しそうにしているので、どのタイミングで話しかければいいのかよく分からないが、言い換えれば「どのタイミングで話しかけても特に変わりはしないだろう」ということなんでしょう、よく分からないけれど。

 


昨日はそこまで疲れていなかったと思ったけれど、今日の朝はどっさりと疲労が襲いかかってきた。

 

bigpopmonster.hatenadiary.jp

 

The Royal Conceptのライブに行くなんて酔狂なことを考えていたが、上記の記事の理由の他に疲労もあってライブは断念した。名古屋に異動になると分かった時は、「東京にいた頃よりもライブの本数が減るだろうな」と思っていたけれど、いざ12月までのライブのスケジュールがほぼ確定すると、去年とさほど変わらない本数のライブに行くことになってしまった。その要因として遠征を気軽にしてしまうようになってしまったのも大きい。学生の頃はライブのために東京へ行ったことなんてなかったけれど(大阪は何度かあった。高速バスで行ける距離で、交通費はそこまでかからないから)、東京へ一度住んでしまうと、東京へ行くことに対してのハードルがぐんと低くなってしまった。連休中に東京で開催されるロックフェスは魅力的なものが多く、今年はGWとお盆休みにがんがん行ってしまった。年末も無理やり東京に行きそうで怖い。疲労があまりにも酷かったので、お昼ごはんはコンビニのおにぎりで済ましてしまおうかと思ったけれど、とある事件が午前中に発生してしまい(いずれ記事を書く予定)、昼休みにちょっと調子が悪いので、という理由で先輩とのランチを断ってしまうと「お前もか」という目を向けられそうだったので、諦めて外でラーメンを啜った。社内に戻ってからは、土曜日にライブが控えているバンプの「aurora arc」をひたすら聴きまくる。午後からは教育係の先輩はおらず、同じ課の人も私に不干渉だったので、もうなんだか何やってても私はこの会社にいる意味がないんじゃないか、という焦燥感に苛まれた。女性の方から「この仕事を分担してほしい」とのことで、ひたすらに事務作業をした。してもしなくてもいいような仕事である。世の中の殆どの仕事は仕事のために存在しているようなもので、本当に必要とされているものは一握りもないと思っている。なので、私は今の仕事に対してやりがいを感じることもなく、不感症のまま淡々と仕事をしていくことになるのだろう。ああ、なんて退屈な人生なのだろうか。

 


結局、どうでもいいような用事で2回だけ外に出た。暑さは先週の木金のときの秋ような感じではなく、また夏を取り戻したかのようになっている。少しだけ歩いただけなのに、全身がびっしょり汗で濡れている。汗っかきなこの体をどうにかしたいけれど、子供の時から汗っかきだったので、手術をしない限り汗はかき続けるだろう(それか年がら年じゅう涼しい土地へ移動するとか)。汗をかくだけ体内の老廃物を排出していると考えれば少しは陽気な気分になれるけれど、いざ冷静な頭になるとそんなことはどうでもよくて、ただただ社内にシャワー室を欲している自分がいる。今日も私は仕事と胸を張って言えるようなことをせず、ただ時間が過ぎるのを待ち望んでいた。人生の無駄遣いめ!

 


ほぼ定時に会社を去って、お待ちかねの実家へ帰る。ああ、やっぱり私がいるべき場所はマイホームなのさ。疲労もまだまだ残っているし、このまま布団の上に寝転がって明日を迎えたい。でも最近ジムに行っていない、そして火曜日はヨガのレッスンがある、という事実に気づいてしまった私は、夕飯を取る前にジムに行ってしまったのさ。今回で17回目のジムは久々のきつめのヨガで体をしっかりとほぐしました。ヨガをしてる時は頭の中が空っぽになるものだと思っていたんですけれど、普段考えている余計なことを考えるすきがないからこそ、人生の中で大切なことをついつい深く考えてしまって、このまま考え続けたら戻ってこられなくなるんじゃないか、というところまで考えてしまって。ふっと我に返る作業を何度も繰り返していたらヨガの時間は終わっていた。体を動かすことはとても愉快なものである。そのあとはさくっとマシンで筋トレをしてから、21時前に家に帰る。

 

 

今日返す予定だった本は、図書館が休みだったせいで返せずじまいでまだ自分の手元にある。まだ全部を読み切れていなかったのでよかった。具体的な名称を上げると、綿矢りさ「意識のリボン」(2017)という本である。「私をくいとめて」(2017)が綿矢作品で最後に読んだ本で、久しぶりの綿矢節に痛快な気分になっている。この人の描く小説は、現実を生きていて感じる人間関係の違和感を発露する場所であるかのように、物語の動きを止めて主人公の考えが垂れ流されているぶぶんがある。そこが彼女の小説の最高のぶぶんで、いっそエッセイにしてまとめて発表してもいいのにな、と思いながら、物語を読み進めていく。

 

 二十代の宿題、三十代に持ち越した......。
 思っていたほど大人になれてない。それが思ったより辛いの。強迫観念により勝手に追い詰められている人、というのは、はたから見てるとからかいがいがあっておもしろいものだ。本人がマジであればあるほど、ちょっとした事象にもくるくる踊らされて、いい大人が一喜一憂だもの、肩を叩いて、まあまあと言ってやりたくなる。他人ごとなら温かい気持ちで見守れるものだ。しかし自分となれば、わっぷわっぷ溺れてるまっさいちゅう、どれだけ「力を抜けば浮くよ」と言われても沈む一方、しょっぱい海水が口のなかに入ってますますのパニック。ほんの浅瀬で、自業自得で溺れてる。私は勝手に自分に課した宿題のせいで、噛み締めすぎた奥歯が痛い。
 もっと大人になるつもりだったのに。

綿矢りさ「こたつのUFO」p46,47

 

今の私にぴったりすぎる表現が多すぎて、ページを手繰る手がなかなか動いてくれない。必死に生きようとするあまり、傍からみたら滑稽だろ?でもこっちはこっちで真剣に生きているんだから、茶化すのはやめてくれないか?まあいいや、そんなことで人をおちょくるような人間に碌な奴はいないんだから、真面目に取り合っているほうが馬鹿らしい。自分が信じたんだから、誰かに何かを言われても関係ないよ。自分のやりかたで、しっかりと進んで行こう。と思えるんだよありがとう、人生のズイショズイショで助けてもらってます。

 

意識のリボン

意識のリボン

 

 

今日、とある事件が起きた。詳細は後日書くかもしれないし、書かないかもしれない。そもそもここのブログに書きつけている文章の大半は嘘っぱちなので、話半分に読んでもらえればいい。多分こんな長い文章のこんなところまで読んでいる人はいないような気がしているけれど。不幸というか、身から出た錆で迷惑をかけた奴がいた。単純に考えたらそいつが悪いんだろうけれど、でもなぜそいつがそのような行動に至ってしまったのか、過程のぶぶんをみんな無視している気がする。「普段から大柄な態度をとっていたもんな」「罰が当たったんだよ」直截的にそんなことを言う人はいないけれど、くすくす笑いながらまるで遠くの国の話をしている様はあまりにも醜くて、私は顔をそらして現実から逃げることでしか自分の心の平静を保てなかった。私はこんな感じの人間の弱さが苦手だ。みんな孤独なはずだ。どれだけ仲間がいて、すごく愛し合っている人がいても、最終的に人間は一人だし孤独だ。その事実に気がつかないように、人は他人の噂話を必死にして、「自分じゃなくてよかった」とほっと胸を撫で下ろす。そんな行動をしていても何も変わらないと知っているくせに、皆そういう行動で逃げる。不幸を直視しないように逃げる私も同じような部類の人間だけれど。ショックだったのは、つい最近まで上司だった人間が、まるで他人事のようにそのことを話していたことだ。自分の部下だった時に問題を起こさなくてよかった、とでも思っているのだろうか。そんなことを考えているんだとしたら後ろから跳び蹴りを食らわしてやりたい。呑気に欠伸しながらネットニュースを見ている場合じゃないだろ。一番嫌だと思ったのは、そいつと犬猿の仲のG君が外から帰ってきて、先輩から不祥事の一部始終を聴いていた時のにやにやした顔を見てしまったときだ。確かに嫌いだ、苦手だと思っている奴に不幸が訪れたらついつい頬が緩んでしまって、嬉しくもなるだろう。ただその不幸は彼だけに留まらず、上司にも影響が及び、ゆくゆくは会社にも影を落としていくような類の不幸で、長期的な視点で考えたらとてもじゃないけれどニヤニヤしている場合じゃないだろ。自分がいまどのような立場に立たされているのかを考えず、ただ目先の蜜の味を噛みしめている姿とても醜くて、私はとてもじゃないけれど見ていられなかった。もっと書きたいことはあるけれど、今私に大切なのは休息をしっかりと摂取することなので、まだ22時を回ったところですがそろそろ寝ます。明日も暇なので新規に行こう。教育係の先輩に「どうせ社内に居たから不祥事の顛末をあらかた知っているだろう」と言われたときの苛立ちを思い出して、死ぬ気で新規を取ってくる。言いすぎた。自分の心に負担をかけ過ぎない程度にやっていきます。仕事なんて適度にサボっているほうがうまくいくんだよ。

 

 

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