眠たげな猫の傍で

眠たげな猫の傍で

世界の果てで眠っていたいな

創作について

物心ついたころから本を読むことは比較的好きなほうで、内向的な性格も相俟って人並みに本を読んでいた。それから社会人になるまで小説、随筆、その他諸々の本を貪るように読んできた。社会人になって心に余裕がなくなったとき、自分のなかで文章を映像にする過程がしんどくて、一時期は物語を読むことが出来なかったが、仕事に慣れてくるとまた物語を読むようになった。本はよく買う方である。買うだけで、その本を買った一カ月以内に読み切ることはほとんどないのだけれど。最近は図書館で予め予約しておいた本を借り、それをだらだら読むことが日常になっている。アニメもドラマもめっきり見なくなった。家に帰ってきてまずすることが、昨日の夜に読み耽っていた本の続きを読むことである。読書は非常に素晴らしい趣味だと思っている。片手に収まるほどの大きさで、いつでもどこでも読めて、いろんな世界へ飛び立つことができるから。物語をたくさん読むことで私の妄想力は磨き上げられてきた。ただ、妄想力がどれだけレベルアップしたところで、それを実生活に生かさなかったらその力は存在しないことと同義である。そこで、近々の話なのだけれど、物語を創作してみようと思っている。小説家になりたい、という夢はそれこそ小学生の頃から抱いてきた夢だ。何度か物語みたいなものを創ったことはあるが、とてもじゃないけれど人様に見せられるような代物ではなかった。中学生の時分に忍者物の物語を創って、勢いで友達に読んでもらおうとしていた自分が怖い。結果的には見せることはなかったけれど、もしあのときお世辞でも「面白いじゃん」という感想を頂けていたら、それからの人生は大いに変わっていたのかもしれない。高校生になってからは書くよりも読むほうの比重が大きくなり、気づいたら創作をしなくなっていた。それでいいと思っていた。私は所詮本を読む側の人間だと自分に思い込ませた。もし、もし仮に本が書けたとしてもそれが売れる確率は非常に低いし、もしそれが売れたとしてもそこからヒットする作品を書き続けるのは至難の技であることに、いつしか気づいてしまった。他人の評価を考えるよりも、今は自分が楽しむだけの創作をしたい気分が高まってきている。そのためにもう少し丁寧に物語を読んで、面白いと感じる物語はどのように創られているのかを研究していきたい。